第94話 絵麻の能力

 男が立ち上がった。のしかかっていた黒い塊が消えていく。

 

収束機構コンバージェンス・メカニズムの起動確認。魔素フロギストンの状況は安定』


 男が機械音声のような抑揚のない声で言って、僕等を1人づつ探るような目で見た。


『……現在、本個体ピースはその魔素活用能力の85%を使用しています』


 そう言って僕を指さした。


『対して、あなたの魔素活用能力の使用状況は39%です。貴方は優秀な性能を有しています』


 棒読みのままで言って、男が言葉を切った。


『我々の代理人エージェントになることを推奨します』

「なんだって?」 


『現在、本地域レジオン、``日本``で行われている、``練習・特訓``なる性能向上のために肉体的負荷を伴う反復行為は非効率的です。

我々の代理人エージェントとなった場合、即時魔素活用能力の78%までの向上を保証します。

その場合、本地域レジオンにおいて、あなたの性能は最優位となるでしょう。金銭及び名声の獲得が見込まれます』


 従えば強くなれる、と言いたいらしいけど。

 そんなことはどうでもいい。


「そのつもりはない。絵麻を返せ」

『拒絶します。このユニットは貴方達では有効活用できません』


 男が無機質な声で答えた。絵麻は後ろで立ちすくんだままだ。


『安心してください。この個体に危害を加えることはありません。この個体は幸せな``夢``を見ながら安全に保護されます。

負荷ストレスの多い世界で生きるよりこちらの方が幸福であることを保証します。本個体ピースも含め、今までの者達はこの状況を喜んでいます』


 そう言って男が一度言葉を切った。


『貴方が代理人エージェントとなった場合、この個体との面会も含め貴方が望む状況を同様に疑似的感覚により再現します。

疑似的とはいえ実在の感覚の再現率は97%となっており、極めて幸福な状況であることを約束します』

「黙れ」


 話が通じないというパトリスの言葉が分かった気がする。

 というか価値観が全く違う。


 交渉の余地はないと言う事は良くわかった。刀を構え直す。

 一つ確実なことがある。こいつを倒さないと絵麻は救えない。相手が何であろうと、やるしかないならそうするまでだ。


『では捕獲します』


 男の手にブレードの代わりに、白く光る巨大な手の平のようなものが形成された



「下がって!」


 声を掛けて一歩踏み出す。

 男が手を振り上げた。白い軌跡を残して巨大な手の平が掴みかかってくる。


 さっきより明らかに速い。

 速い……けど隙だらけだ。大振りで先が読み易い。素人の喧嘩のように大きく振り上げて振り下ろす。

 

 振り下ろすタイミングに合わせて、その手を受け止める。そのまま手を跳ねあげて、がら空きの胴を薙ぎ払った。

 手加減をするつもりはもうない。


 ガリガリと硬いモノの切るような手ごたえが柄から伝わってきた。

 男が押されるように後ろに下がる。

 

「食らえ!」

「大人しくしなサイよ!」


 距離が開いたところでカタリーナの銃弾とパトリスの矢が突き刺さる。

 ただ、体の表面に防御幕のようなものがあるっぽい。今の攻撃も、僕の胴を切ったのも傷口とかは一切ない。

 たしかにそう簡単には死なないらしい。ただ、この場合あまり良い事じゃないけど。


 カタリーナが舌打ちして弾倉を入れ替えた。空になった弾倉がコンクリの床に撥ねて硬い音を立てる。

 そいつが表情を変えないままに首を傾げた。仕草はところどころ人間ぽいな。


『動作精度の28%向上を確認。しかしなお此方の方が42%優速のはず……不可解です』

「人間の技を舐めるな」


 速いけど予備動作が大きければ先は読める。

 恐らくなんだけど、身体能力をあげたりすることはできても、人間の体を動かす技術は高くないんだろう。

 単に速いってだけなら僕でも対抗できる。

 

 ただ、そう言ってはみたもののこのままじゃ埒が明かない。

 さっきの胴薙ぎにカタリーナの弾とパトリスの矢はどれも当たっているけど、効いてる気配がない。


 切っても撃ってもダメージを与えられないんじゃどうにもならない。

 あからさまに後ろの絵麻が魔素フロギストンを供給しているのがわかるんだけど、助けるのしてもどうするにしても、こいつを行動不能にしないとそこまでたどり着けない。


 檜村さんの魔法が当たれば一番いいんだろうけど、あの人の魔法は攻撃範囲が広いものが多い。

 この距離で僕が戦っていると使うのは難しいか。


 それに……僕はもう覚悟を決めたけど、あの人にこいつを殺させるのは流石に気が進まない。

 刀の切っ先を向けて間を測る。


『ユニットを追加』


 不意に男が言う。

 絵麻の目の前の光が強くなって、足元から白い線が何本も伸びた。


 線が空中に伸びて僕等の周りを取り囲むようにして四角を描く。

 幾何学文様のテクスチャが貼られるようにして、大きめの段ボールのようなサイズの5体のルーンキューブが現れた。

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