第93話 倉庫街の戦い・下

  轟音を立ててオブジェクトが砕けた。

 多分本当は鉄のコンテナかなにかなんだろうけど、それがひしゃげて床にばらばらと散る。

 そいつが立ち上がろうとするけど、すぐにまた押さえつけられるように地面に倒れ伏した。


「これ、前に使ったやつですか?」

「まあそうだね。範囲を絞って威力を収束させてみた」


 八王子ダンジョンでエルマルたちと戦った時に使ったのと同じだ。

 確か、前は範囲が広くて仲間を巻き込むかもしれないって言ってたけど、今回のはだいぶ範囲が狭い。

 その分効果も強いように見える。


「私も成長しなくてはね……君に負けてはいられないからね。どうだい?」


 檜村さんが眼鏡の位置を直しながら僕を見上げた。


「ああ……凄いと思います、うん」


 そういうと檜村さんがちょっと自慢気に微笑んだ。

 風もイメージを強く持てばいろんな感じに操れるのは最近分かってきた。

 鎮定は風を操る時はイメージが大事だって言ってたけど、魔法もそうなんだろうな。

 

「大丈夫か?」


 弓を構えたパトリスが倉庫に入ってきて、続いて突撃銃アサルトライフルの弾倉を入れ替えながらカタリーナが後に続いてきた。

 地面に押しつぶされたように這いつくばっている男を見て安心したように弓を下す。  


「こいつを圧倒するとはさすがだな。確かに強い」


 パトリスが行ってカタリーナが不満げに顔をそらした。


「外はどうなった?」

「問題ない。片付いた」


 パトリスが答えてくれる。 

 新宿ダンジョンで何度もルーンキューブと戦ったけど、硬くてしぶとい結構手ごわい相手だ。それをあれだけの数がいたのに二人で倒してしまうとは。

 わざわざヨーロッパから派遣されてきただけあるな。


「どうするんだ、この人」


 ダンジョン内の魔獣は倒せばライフコアを残して消えるから、倒した後の遺骸の処理だのそういうのは考えなくていい。

 人を捕まえるなんて初めてだぞ。

 それにダンジョンが消えないところを見るとダンジョンマスターがまだいるはずだ。


 でも今はそれは後でもいいし、パトリスに任せればいいか。とにかくまずは絵麻を助けないと。

 押しつぶされた男は時々立ち上がろうとするけど、動けそうにない。とりあえず今は放っておいても大丈夫だな。


 地面に横たわっている絵麻に近づこうとしたとき。

 不意に真っすぐな姿勢のまま引っ張り上げられるように絵麻が立ち上がった。


「何?」


 特撮か何かのような不自然な起き方に、思わず一歩下がる。

 棒立ちになった絵麻の体の周りに淡い白い光の柱が立った。柱にディスプレイのような枠が浮かんで、幾何学文様が表示される。


 手を伸ばそうとしたけど、その光のところで硬い壁のようなものが指に触れた。

 光の壁越しに無表情な絵麻が見える。

 そして絵麻の後ろで光る線が空中に四角形を描いた。線が淡く光って幾何学文様が描かれたキューブが浮かび上がる。


 キューブが集まって巨大なルービックキューブのような姿のルーンキューブが形成された。

 こいつがダンジョンマスターか

 

 

 絵麻がダンジョンマスターを守るように立つ。

 棒立ちになっていた絵麻が祈るように胸の前に手を合わせると、白い柱が消えて表示だけが残った。


 同時に周りの空気が絵麻に吸い寄せられるように動く。

 絵麻の前に白い光の塊が浮かび上がった。その塊から白い光の帯が伸びて黒い塊に押しつぶされたそいつに絡みついた。


 光は魔素フロギストンだってことは肌で感じる。

 魔素フロギストンは魔法を使ったり刀を振ったりすれば軌跡として残るけど、それ自体が目に見えるほどの魔素フロギストンの束なんて見たことが無い。


 白い光に覆われた男が身じろぎした。

 重いモノを担ぎ上げるように、男がゆっくりと体を起こす。

 男にのしかかってる黒い塊が歪んで、金属がこすれあうようなきしむような音がした。

  

「そんな馬鹿な……骨が砕けるほどの重量がかかっているはずだぞ」

「言っている場合じゃない!」


 パトリスが言って弓に矢を番えて放つ。

 一瞬遅れて、カタリーナの突撃銃アサルトライフルが火を噴いた。

 白く輝く矢と銃弾が中腰になった男の表面で白い火花を散らすけど、矢は白い光を発して消えて、硬いモノにぶつかったように銃弾が床に落ちた。


「片岡君!」


 パトリスが叫ぶ……男が何事もないかのように立ち上がろうとする。ダメージは通ってない。

 見てる場合じゃない。 


「一刀!断風!岩斫!」


 風の帯を刀に纏わせて叩き切る、今の僕の最大火力。

 踏み込んで高く振り上げた刀身に風が絡んだ。一瞬重くなった刀を振り下ろした刀と何か硬いモノが交錯する。


 重たい音が響いて空気が震えた。カメラのフラッシュのような光で一瞬視界が白くなる。

 強烈な反動が手に伝わってきて、鎮定が手から飛びそうになった。

 文字通り岩とか鉄の塊を殴ったような感触。


 視界が戻る。

 男にのしかかっていた黒い光は消えて、立ち上がった男の片手が鎮定を受け止めていた。

 

 


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