第92話 倉庫街の戦い・上

 地面から赤い光の糸のようなものが伸びて、空中に線を引くようにルーンキューブを象った。

 黒っぽい幾何学模様が彫り込まれた巨大なルービックキューブのような姿。

 新宿ダンジョンや渋谷でもみたやつだ。キューブがくるりと回転して淡い光を放った。


「待ち伏せか?」

「来い!鎮定」


 僕が刀を抜くより早く、カタリーナの突撃銃アサルトライフルが火を吹いた。

 静かな夜に甲高い銃声が響いて、レーザーのような白い光が夜闇を切り裂く。


 白い光がキューブに命中して火花のように光った。キューブが削られるようにして崩れていく。

 普通の銃ではダンジョンのモンスターは倒せないはずなんだけど、これがカタリーナの能力か。


 崩れたキューブの隙間から赤いコアが覗く。

 間髪入れず赤いコアにパトリスの矢がつきささった。キューブがばらばらと砕け散る。

 パトリスが弓を構えてあたりを警戒するように見回した。


「後ろだ、片岡くん」


 檜村さんが言う。振り返るともう一体のキューブがいた。

 キューブが回転して表面に文様が浮かぶけど。


「一刀!断風!」


 踏み込んで刀を振り下ろす。キューブが両断されて赤く光るコアが露出した。

 突きに構えなおそうとしたけど、それより速く後ろから飛んだ白いパトリスの矢が弧を描いてコアを貫く。

 直線的に飛ぶだけじゃないのか。


 倒したと思ったけど、地面から糸のようなものが伸びてまた空中に描かれた線からキューブが実体化する。キリがない。

 キューブが回転して攻撃態勢にはいろうとするけど、機先を制する用にカタリーナが銃弾を浴びせかける。

 一撃で倒すような威力はないけど速い。


 追い打ちをするようにその後パトリスの矢が突き刺さった

 ただ、倒しても次々と湧いてくる。カタリーナが素早く弾倉を入れ替えた。


「片岡君、壁を破れるか?たぶん敵と妹さんは中だ」


 パトリスがいう。ダンジョンマスターは中にいるのか。

 赤い光で覆われた倉庫の壁には鉄の扉が嵌っていたけど、このくらいなら何とかなるか。

 腰を落として意識を集中する。


「一刀、断風、岩斫いわはつり!」


 刀身に風が纏いつく。手の中で刀が重量を増した。

 風の塊を叩きつけるように振り下ろす。轟音が響いて赤い壁が砕けた。


「先に行け!」

 

 周りに浮かぶルーンキューブに次々と矢を浴びせながらパトリスが言う。

 壁の穴をくぐって倉庫に入ると、中は赤く光る真四角の空間が広がっていた。

 貨物の箱のような四角いオブジェクトがところどころに柱のように立っている。


 広い空間の奥に絵麻が横たわっているのが見えた。

 上には白く輝く文様のようなものが浮かんでいる。なんとなく絵麻を調べているような感じだ。

 直ぐにも駆け寄りたいんだけど、絵麻の前には一人の男が立っていた。


 

 立っていたというより、浮いている。体が白い光で薄く包まれていた。

 多分30歳くらいの白人の男の人。茶色の髪に濃い髭、身長が高くてがっちりした体形にこげ茶のジャケットを着ている。


 見た目だけなら東京に観光に来ているヨーロッパかアメリカの人って感じだけど。

 目をつぶっていて、まるで立ったまま寝ているようだ。表情も何も浮かんでいない


「あの、聞こえま……」


 呼びかけたけどその途中で、そいつが前触れなく滑るようにこっちに飛んできた。

 ボクシングのように構えた手にブレードのようなものが形成される。問答無用か。


「檜村さん、下がって!」


 振り下ろされるブレードを鎮定で受け止める。

 光るブレードと刀がぶつかり合ってフラッシュのように光が瞬く。

 重さを感じない不思議な手ごたえだ。衝撃で体制を崩されることが無いから捌きやすいけど。 

 ただ、大振りだから先は読めるけど、それなりに速い。


 レーザーの切っ先を払って一歩下がった。

 早く決着をつけて絵麻を助けたい。


 ただ、気にしないようにしなければいけないのは分かってるけど。

 当たってもそう簡単に死なない、とパトリスは言っていたとはいえ、実際に相手が人間だとどうしても思い切って切り込めない。

 

 無言で振り下ろされた右のブレードを弾いた。手首を返して切っ先をそいつに向ける。

 狙いは肩。ここなら刺さっても死にはしない。

 左手で受けるかと思ったけど、そいつが躊躇なく左手を袈裟懸けに切り下ろしてきた。


「マジか!」


 とっさに体を沈める。頭の上を白い光の軌跡を残してブレードが横切っていった。

 地面を蹴って距離を取る。そいつが無表情な顔をこっちに向けた。


 今のは……相打ちOKの動きだ。

 僕の突きが先に刺さっても僕も切られていただろう。


 こっちは人を切るのに躊躇するけど、相手はそんなことお構いなしか。思った以上にやりにくい

 それに、恐怖心もない……というか操っている奴からすればこの人自体が替えが効く駒って言う程度なんだろう。

 ハンデ付きで戦ってるようなもんだ。


 外からはまだ銃声が聞こえてくる。

 パトリスたちの援護は期待できないか。


「……私が止める。片岡君、時間を稼いでくれ」


 僕の心中を察したように檜村さんが言ってくれた。


「……了解です」

「【書架は東・記憶の3列。二十五頁三節。私は口述する】」


 詠唱を警戒するようにそいつが姿勢を沈めた。

 やることが決まればやりやすい


「一刀、薪風、旋凪!」


 刀を振り下ろす。横凪ぎに吹いた風がそいつを捉えた。

 体が吹き飛んでコンテナのようなオブジェクトにぶつかる。バランスを崩したそいつが姿勢を整えるけど。まだまだ。


「一刀、破矢風!蒼楔あおくさび!」 


 風のロープを投げるイメージで刀を振る。

 風の束がそいつをオブジェクトに押し付けた。赤いオブジェクトに波紋が走って軋むような音がする。

 鎮定を振って次の風の束をぶつけるけど、そいつが身じろぎして風を振りほどいてオブジェクトから立ち上がった。 

 この程度じゃ止まらないか。でも、足止めならこれで十分。


「【光届かぬ谷底にあるは不帰の牢獄。命尽きるまで汝はここに留まることとしれ。肉が朽ちて躯となり、嘆きの声は闇夜に溶け、名は奈落に消えようとも、嵌められし足枷は外されること無し】術式解放!」


 檜村さんの詠唱が終わって、そいつの足元に黒い線が四角形を描く。

 直後に黒い塊が上からそいつにのしかかって、オブジェクトごと押しつぶした。


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