第71話 4番目の来訪者・上

 風がぶち当たった芝生が爆発したように土が飛び散った。

 風を切って横を何かが通り過ぎる。横を抜かれた。

 振り返るとシューフェンの派手な着物の背中が檜村さんの間近にいるのが見えた。

 速い


「させるか!一刀、薪風!裾払!」

 

 振り向きざまに刀を振る。芝生を揺らして風が足元を凪いでシューフェンの体が浮いた。

 空中で身を捻ってシューフェンが着地する。

 

「一刀!破矢風!」


 シューフェンが飛びのいた。

 風の刃がシューフェンと檜村さんの間を切り裂く。地面がえぐれて校舎の壁に刀傷が入った。

 檜村さんがまた僕の後ろに立つ。


「大丈夫ですか?」

「ああ……ありがとう」


 硬い口調で檜村さんが答えてくれる。

 踏み出した瞬間が全く見えなかった。恐ろしい速さ、そして檜村さんをまっすぐ狙ってきた。

 

 ……獣耳つきとはいえど人間だから傷つけないように、なんて考えるのは止めだ。

 切って無力化する。刀を握りなおす。


「これが女を連れて戦うということだ、理解したか、カタオカよ」


 シューフェンが言って僕を改めて見る。


「少しはましな顔になったようだ。大きな口を叩いたのだ、守って見せるがいい」


 シューフェンがまっすぐ踏み込んできて、手でマントを翻した。

 迎撃しようかと思ったけど、一瞬嫌な予感がして足が止まる。

 胸の焼けるような痛みが走った。何か確かめる間もなく、マントの陰から剣の切っ先が飛んでくる。


 刀でそれを受け止めた。金属音がなって火花が散る。

 半歩下がってシューフェンがまたマントを大きく翻した。

 切っ先を隠すためかと思ったけど違う。裾に刃物が植え込まれてるっぽい。踏み込んだ居たら危なかった。


 小さな気合の声と共に、今度は肩を狙って切っ先が突き出された。受けにくいところを狙ってきているのか。切っ先を辛うじて払う。

 速い。

 重さは無いけど、速さだけなら宗片さん並みだ。

 フェンシングのように突きが来たかと思ったら、上下から切り上げるように剣が変幻自在に動く。


「どうやら強い風を使うには間が必要なようだな。まだ未熟」


 これだけ早いと強い風は使えない。でも受けに徹すれば捌くだけならなんとななる。

 この距離なら横は抜かせない。

 それに本命は僕じゃない。


「【影と人はただ対なるものにして主従に非ず。常に共に在りて分かち難きともがら。人が留まるとき影が動くこと能わなれば逆も真なり。留まる影は人のくびきとなり人を縛らん】術式解放!」


 檜村さんの詠唱が終わってシューフェンが突然硬直するように固まった。



 影に何かが突き刺さっている。動きを封じるタイプの術か


「今だ!」


 切りつけようとしたけど、何かがはじけるような音がしてシューフェンの剣が刀を払った。

 シューフェンが身を沈めてマントをひるがえす。とっさに足を踏ん張った。

 風切り音を立ててマントの裾が目の前を横切って行く。

 

「私の動きを一瞬でも止めるとは。手練れだ。非常に喜ばしい」


 シューフェンがくるりと一回転して体制を整える。また剣を構え直した。

 見た感じ、魔法とか特殊な武器を使うタイプじゃない。手の内を隠しているのかもしれないけど。


 ただ、純粋に速い。

 切っ先もそうだけど体の動きも速い。次のまた横を抜かれたら檜村さんが危ない。


 どう攻略するか。

 距離を取った方がいいのか、接近戦の方がいいのか。

 考えを巡らしているところで、不意に校舎の方から悲鳴が上がった。

 何かと思ったけど。大きな走る足音がして、中庭にイズクラさんが飛び込んできた。



 動きにくそうなスーツっぽいものは脱ぎ捨てて白いシャツ姿になっている。

 手には重たげな黒い長剣バスタードソードが握られていた。黒い炎のようなものが刀身の周りで揺らめいている。

 あんなもの持ってなかったと思うから、僕の刀みたいに空間に仕舞うことができるんだろうか


 シューフェンを見てイズクラさんが険しい表情になる。


「ソルヴェリア!貴様ら!ここでも無法を為すつもりか」

「サンマレア・ヴェルージャの騎士、イズクラ・バートリー……マナを追跡してみたが、やはりお前たちか」


 シューフェンがイズクラさんを一瞥した。

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