学園祭の来訪者
第63話 代々木で弟子入りを志願される・上
「君が片岡君かい、噂の高校生5位の」
久々の代々木の訓練施設。ロッカーで着替えを終えたら不意に一人の男の人が声をかけてきた。
坊主に近い短い髪に鋭い視線。僕より背が低いけど、格闘家のようにがっちりした体つきだ。
道で会うとちょっと目を逸らすかもって感じの厳つい外見だけど、口調は丁寧だった。
「ええ、そうですけど」
「俺は吉川陽太。甲の6位、青梅大学で魔討士のチームを組んでいる。普段は奥多摩ダンジョンの攻略をやっているんだ。来たことはあるかい?」
「いえ、ないです」
奥多摩は交通の便が今一つなのでまだ行ったことがない。
「よかったら俺たちのパーティに参加してくれないか?
俺たちの編成は6位が中心だからそこまで足を引っ張ることは無いと思う。ライフコアも沢山落ちるから稼げるぞ。どうかな?」
「ああ……すみません。僕はもうパーティを組んでいるんで」
奥多摩は昆虫とか植物系のモンスターがでるダンジョンで、敵の数が多いのとわりと直接的な攻撃をしてくる奴が多いという話は聞いたことがある。
なので、あのダンジョンは前衛を多めにした編成がいいらしい。
敵が多い上に通路のつながりがかなり複雑らしく、都内の3つのダンジョンの中では一番稼げるダンジョンであるけど、同時に一番難度が高いと有名だ。
「そうか、残念だな。だがもし奥多摩ダンジョンに行くときには声をかけてくれ。きっと力になれる。これは連絡先だ」
「はい、ありがとうございます」
そう言って厳つい顔にさわやかな笑顔を浮かべて吉川さんが歩き去っていく。
連絡先のカードは飾り気がない実用的なデザインで、SNSのアドレスやHPとかが分かりやすく書いてあった。
しかし、パーティ勧誘なんて初めて受けたな。
★
「ねえ、あなた片岡君よね?」
ロッカールームから出たらまた声をかけられた。
今度はちょっとふっくらした感じの女の人だ。柔らかそうな短めの黒髪と眼鏡が優し気な感じを醸し出している。
母さんよりは若いっぽいけど、年上女性の正確な年齢なんてわからない。多分40前位かなって感じだな。
「突然ごめんね、私は笹倉愛子。丙類の7位よ」
「ああ……どうも、始めまして。片岡水輝です」
この人も魔討士なのか。優しいお母さんって感じで全然戦うイメージがわかないな。
「あのね、初対面で図々しいんだけど」
「はい」
「……良かったら一緒に写真撮ってもらえるかしら?あとサインも貰えると……」
「サインって。えっと……どういうことでしょう?」
「あのね、うちの息子があなたのファンなのよ」
そう言って笹倉さんがスマホを見せてくれた。
スマホで動画が再生されると、5歳くらいの男の子が緊張した感じで映っていた
『片岡さん!僕はささくらかずとです!どうが見ました!とってもかっこうよかったです!ぼくも片岡さんやママのように強くなって、みんなのために戦いたいです!』
ここで僕も有名人だぜ、となる人もいるんだろうけど。どうも気恥ずかしさとか面映ゆさとかが先に立つ。
やっぱり僕は小市民だな。
「どうかしら?」
「ああ、じゃあ俺がとりますよ」
別にそのくらいいいかな、と思ったら、着替えを終えてルーファさんと話していた三田ケ谷が買って出てくれた。
笹倉さんが僕と並んで立つ。
「ほら、笑えって、片岡。笑顔が硬いぜ」
三田ケ谷がスマホを構えて行ってくるけど。
と言っても、どういう顔をしているか分からない。なるべく口の端を釣り上げて笑顔になる様にしてみる。
三田ケ谷が何枚か写真にとってスマホを笹倉さんに返した。
その後はサインなんてものも書かされた。
と言ってもそんなもの考えてないから単に名前を書いて、ささくらかずと君へ、と書き添えただけだけど。
三田ケ谷が言うのはサインを考えてくれる会社とかもあるらしい。でもそういうのはやっぱり柄じゃないので、根が小市民だと思う。
★
今日は三田ケ谷とルーファさんとで代々木の訓練施設に来ている。檜村さんは大学の課題があるらしく、今日は来なかった。
5位になって初めて代々木の訓練施設に来たんだけど。
5位になるということがどういうことなのか。正直言ってはっきりわかっていなかったけど……あのあとも声を掛けられて、今日だけですでに4組のパーティから加入の誘いが来た。
今までこんな風に誘われたことがなかったけど、改めて5位ってのは凄いのかと思わされる。
強さがあれば高校生でも関係ないと言っていた風鞍さんの言葉を思い出した。
パーティ勧誘だのなんだのが一段落ついたって感じで、ようやく練習に戻れた。
三田ケ谷は筋トレとかしてたけど、ルーファさんに言われて途中で切り上げて、その後はずっと二人で試合をやっていた。
ちなみにルーファさんも一応は筋トレ器具は使ったらしい。
ただ、ああいうのは良くないと思います、という曖昧なことを言ってやらなくなっていた。
実戦こそ最大の稽古ってことなのかな。
僕は師匠と何本か試合をやったけど、10戦全敗だ。
……なんというか全然強くなった気がしないぞ。
「5位って言ってもあんまり変わらないですね」
ランクが上がってもステータスが上がるわけじゃないから当然なんだけど。
「いや、いい動きだったぞ。前と比べて格段に動きがよくなった。特に攻めに出るときの決断が早くなったな」
「そうですか?」
「ああ、今までは攻守の切り替えの判断がちょっと遅かったからな」
そう言われるとちょっと嬉しい。宗片さんやエルマルとの戦いが何か僕の中で変化をもたらしてくれたのかもしれない。
これについてはあんまり自覚は無いんだけど。
「しかし、大した人気ぶりだったな」
練習に入る前の勧誘だのなんだのはしっかり師匠にもみられている
「いや、本当に。5位ってすごいんですね」
これは割と偽らざる心境だ。
あの祝勝会の時はあんまり実感できなかったけど、今日はしみじみと5位って結構凄いのか、と思わされた。
魔討士には5位の壁などと俗称されるものが存在する。
5位に上がるにはダンジョンの深層での討伐が必須になるからそこにたどり着ける人はなかなかいない、というのは聞いたことがあったけど。
それでも、なってしまえば、改めて上には上がいるのがわかる。宗片さんは別格だろうけど、1位まであと4つの壁があるわけで。
それがここまで対応が変わるとは思わなかったな。
「まあそりゃそうだろうな。考えてみろ。高校生の乙類5位は全国でも少ない。東京でもほとんどいないんだろ?」
「そうらしいですね」
「例えば、高校野球の東京大会優勝チームのエースとか、インターハイ東京大会個人戦優勝とか言ったらすごいだろうが」
「……なるほど」
そう言われてみるとなんとなく凄い感じもするな。
「で、どうする?もう一本行っとくか?」
師匠が模擬刀を一振りして言う。
「そうですね……負けっぱなしなのも……」
「すみません!片岡さん!」
水を一口飲んで言いかけたところで声が掛かった。
振り返ると一人の袴姿の女の子が立っていた。
★
「そうだけど」
会ったことがない子だけど……もう今日はそういうのばっかりだったからいい加減気にならなくなってきた。
「初めまして!私は
とりあえずパーティの募集とかではないっぽい。
160センチほどの小柄な体に、ふわっと巻くようにカールした綺麗な長い黒髪を後ろで束ねている。
大き目の目と白い額と黒髪がきれいにコントラストを描いていて、日本人形を思わせる感じだ。和風の外見にここでは定番の袴姿が似合っている。
腰にはレイピアのような細身の剣をさしているところを見ると乙類かな。
大人し気な見た目であんまり前衛で戦いますって感じのタイプには見えないけど。
「ああ、こちらこそ初めまして。どうかした?」
「はい……」
そう言って間を取るように柚野さんが深呼吸して僕を見上げる。
「片岡さん!私を!弟子にしてください!」
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