第64話 代々木で弟子入りを志願される・下

「は?」


 パーティ勧誘ではなさそう、という予想は当たったけど、弟子入り志願は予想外だった。


「私はまだ中学生3年生で実戦には出れませんけど、片岡さんみたいに強くカッコ良くなりたいんです。同じ乙類として尊敬しています!」


 なんというか元気いっぱいって感じの口調で柚野さんが続ける。

 顔立ちは落ち着いた感じだけど、活発で表情豊かだな。


「あー乙類なんだ」

「はい!今は乙類8位です!」


 中学生は定着したダンジョンには入れない。8位ってことは野良ダンジョンで戦ったんだろう。

 一応朱音も丁類だけど実戦経験は無いからまだ9位だ。そう考えると中学生で8位は結構レアな気がする。

 

「すごいね。怖くなかった?」

「全然です!ほかの人もいてくれましたし、私、強いですから!」


 これまたはっきりした口調で言う。なかなか強気だ。


「武器はそれかい?」

「はい、レイピアです!」


 そう言って柚野さんがレイピアを腰から抜いた。

 すっと顔の前で縦に立ててからすっと構える。片手持ちのレイピアを前に出した構えだ。刀とはだいぶ違うな。


「見ててください!」


 静かな構えから流れるような動きで踏み込んで、切っ先が空中を鋭く突く。

 連続して突きを出したと思ったらダンスのように回って横にレイピアを薙いだ。束ねられた長いポニーテールが動きに合わせて空中を舞う。 

 薙いだレイピアを切り返す。空気を切り裂く音がした。僕が言うのもなんだけど結構堂に入った動きだな。


 静と動のメリハリの利いた動きは師匠に似ているけど、踏み込んで一撃で決めに行く感じの師匠の刀とは違って手数で勝負って感じだ。

 突きを中心にして距離を生かす動きは、どちらかというと宗片さんのものに近い気がする。

 一通り動いて柚野さんがレイピアをもう一度顔の前で構えて一礼した。


「どうでしょうか!」

「うーん……なんというか僕が教えられることは無い気がするな」


 などというと偉そうな言い草だけど、どっちかというと戦い方が違いすぎて教えようがないと思う。

 柚野さんがあからさまに悲しそうな表情を浮かべた。

 なんか悪いことをしているようだ……なにかフォローしないと。


「ああ、でもね」

「じゃあ……せめて高校生になったら、片岡先輩のパーティに入れてもらえませんか?」


 僕が言う前に彼女の方が先に口を開いた。


「ああ……それはメンバーに聞いておくよ」


 そのくらいなら問題ない気がする。

 三田ケ谷やルーファさんはあんまり気にしなそうだ。前衛が増える分には檜村さんも喜ぶだろう。


「ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑って、元気いっぱいという感じの口調で柚野さんがぺこりと頭を下げた。

 


 彼女は親の迎えが来るということで帰ってしまった。

 なんとなく試合という空気じゃなくなってしまってもう一口水を飲む。

 

「ところで師匠、あの子とのことは知ってますか?」 

「ああ、熱心なやつだからな。よく見る顔だ」


 そう言って師匠も水を飲んで、模擬刀を袴の帯に差した。


「武器はレイピアだから俺は直接教えてねえが、センスも悪くないって聞いてる」


 センスが悪くないのは今見ただけでもなんとなくわかった。いわゆる中学生の有望株ってやつだろうか。

 なんだかんだで8位まで上がってきてるんだから実戦でもそれなりに戦えているってことだろう。 ただ。 


「正直言って人に教えるって柄じゃないですよ、年齢的にもそうですし、そもそもレイピアなんてつかえませんし」

「まあいいじゃねぇか。弟子入り志願されるなんてめったにないぜ。あんまり難しく考えるな」


 僕の武器は刀で、技術的には師匠から稽古をつけてもらった古流剣術がベースになっている。

 とはいえ戦う相手が人間じゃないことも多々あるから我流になっている部分もある。これについては師匠も自分なりに技を吸収して自分なりの型を生み出せ、と言ってくれているけど。

 どっちにしても、レイピアなんて教えられる気がしないぞ。


「年や流派も大事だがな、弟子からしてみれば自分を導いてくれる奴かどうかの方がもっと大事だぜ。気にしすぎるなよ」


 面白がっているのかと思ったけど、そういう感じじゃなくて結構真面目な口調だ。


「それに、人に教えるってのはいいもんだぜ。考えの幅も広がるし、自分自身の戦い方の欠点の洗い出しにもなる。やってみたらどうだ?」

「まあ考えておきます」


「それにな、普通はああいう風にどこかのパーティに入れてもらって実戦経験を積むもんだぜ」

「そうなんですか?」 


 弟子入りとか言われても何をすればいいのか見当もつかないけど。

 パーティに入れるの方なら別に構わない気がするな。


「先達は後進を導くもんだ。お前みたいに野良専で7位まで上がってくるような奴は普通じゃねぇよ」

 

 たしかに、魔討士のアプリだとパーティメンバー募集のトピックもあって交流がある。

 僕自身はなんとなくどこのパーティにも入らなかったけど、やけに野良ダンジョンにぶつかることが多かった。

 戦っているうちに7位まで上がったんだけど、どうやら僕のケースは特殊らしい。


「それにな、弟子入りなんてまだいい方だと思うぜ、片岡」


 師匠が真面目な顔から一転していつものちょっとふざけた感じの表情に変わって僕を見る。


「……どういうことです?」

「おそらく……」


 そう言って、師匠が意味深に言葉を切った。


「なんですか?」

「まあ気にするな、おそらく起きるからよ、そん時を楽しみにしておけ」


「何がですか?」

「今言っちゃ面白くねぇだろ」


「いや、言ってくださいよ」 


 ここではぐらかされるのは微妙だ。というか気になるぞ。

 師匠が楽し気に笑って僕の首をポンポンと叩いた。


「お前を倒して名を挙げてやるって奴も出てくるぞ。この首を取られないようにな」

「は?」


「なんせ銀座の英雄にして高校生5位だ。名を売りたいやつからすればちょうどいいターゲットだぞ」

「……本当にそうなると思ってます?冗談とかじゃなく?」


 師匠が黙って頷く。楽し気な顔だけど、目は笑ってない。どうやらマジらしい。


「……勘弁してくださいよ」


 褒められるのは恥ずかしいけど嬉しいところももちろんある。

 でも、ターゲットにされるのは迷惑もいいところだ。

 

「まあいいじゃねぇか。首を狙われるのはそれなりの奴だからだぜ。取ってもしょうがねぇ首と思われるよりはいいだろ」


 ……いや、あんまりよくない気がする。

 師匠が豪快に笑うけど、僕としては全然笑えないぞ。








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