第38話 相手が誰でも、負けっぱなしではいたくない。

 寸でのところで顔を逸らす。切っ先が頬を掠めた。


 体温が一気に下がる。冷汗が背中に浮かぶのがはっきり感じられた。

 模擬刀なのに、真剣が目の前を通ったような気がした。モンスターの迫力とも、師匠の威圧感とも全く違う。

 暗闇から突然車が飛び出してきた時のような……そんな感じだ。


「いい目をしてるね、すごいな」


 そう言って宗片さんが構え直した。

 こっちも深呼吸して考えを纏める……今のは読まれていたのか。それとも弾き方が甘かったんだろうか。


「……落ち着いたかい?」


 宗片さんが声をかけて来た。わざわざ待っていてくれたのか


「じゃあもう一度」


 宗片さんが一歩踏み込んで、長い刀を振ってきた。

 右から左への大振りの横なぎを避ける。今度は左から右。

 振りは大きめ、しかもあまり力感は無い。体重を乗せて強く撃ちこんでくる師匠とは全然違う。


 もう一度、右から薙ぎ払うように長い刀が振られた。

 弾いて……今度こそ踏み込んでやる。

 横薙ぎに合わせるように刀を振りぬく……でも来るはずの刀がぶつかり合う衝撃が来なかった。


「え?」


 まるで木の葉のように切っ先が僕の刀をするりと避けた。

 考えるより早く体を逸らす。切り返された切っ先が、ちょっと前まで僕の喉があった空間を薙ぎ払っていった。

 後ろに転びそうになるのをこらえる。辛うじて踏みとどまれた。


 大きなため息が出た……でも、安心している場合じゃない。

 絶体絶命の隙だったはずだ、突きでも出されれば終わってたはず。

 ……でも。顔を上げると宗片さんが感心したように軽く手を叩いているのが見えた。


★ 


 結局その後も突き崩せないまま時間だけが過ぎた。

 長い刀を切っ先を引っ掛けるように振り回してきて、全く近づけない。

 ふわふわした剣捌きなんだけど、時々本当に殺す気かってくらいの殺気の籠った突きとかが飛んでくる。


 大振りも多いし付け入るスキはあるように見えるけど。

 でも弾いて姿勢を崩そうとしても、こっちの撃ち込みは受け流されて、実際は全く踏む込む隙が無い。

 強引に切り込もうとしても、まるで心を読まれているかのように距離を取られ、踏み込もうとする先にこっちの動きを見透かすように刀が先回りしている。

 まるで巨大な堀と柵に囲まれた城のようだ。


 確かに強い……それは分かる。

 ただ、本人に悪気はなさそうだけど……値踏みされているというか、あからさまに手を抜かれてるのも分かる。一位の余裕と言うか手加減してくれているのかもしれないけど。

 ただ国内最強、1位とはいってもやられっぱなしではいたくない。

  

 深呼吸して刀を上段に構えた。

 読まれているのか何なのか分からないけど。駆け引きで勝てる気は全くしない。なら真っ向勝負だ。

 それに、どのみち近づかないと一太刀もクソもあったもんじゃない


 宗片さんが楽しげに笑って、誘いに乗ってやるとばかりに長刀を構え直した。

 突いてくる。


「いくよ!」


 声と同時に切っ先が飛んできた。斜め上から刀身を強く打つ。

 今までと同じ、柳のように柔らかい手ごたえ。流れた切っ先が空中で弧を描くように動いて、行く手に立ちはだかるようにこっちを向く。


 文字通り殺気が籠った突き。

 真剣じゃないと分かっていても、それでも体がすくみそうになるけど。構わず前に出る。

 

 まっすぐこっちに向かってくる切っ先を刀で逸らした。そのまま刀身を滑らせて前に踏み込む。

 特殊素材同士がこすれ合って焦げ臭いにおいがした。顔のすぐそばを長い刀身がすり抜ける。


 宗片さんの表情が変わるのが見えた。

 ようやくたどり着いた懐。この距離ならこっちが有利。

 柄で長刀の刀身を跳ね上げて、上段から袈裟懸けに振り下ろす。

 

「貰った!」


 当たったと思った瞬間、宗片さんの体が沈んだ。地面すれすれに伏せた体がくるりと回る。

 とっさに畳を蹴って飛びあがる。下段回し蹴りのような足払いが空を切った。

 

 でもこっちの体勢は崩れてない。もう一太刀、上段から振り下ろす。

 地面に伏せた宗片さんが立ち上がりざまにもう一回転した。今度は胴を薙ぐように刀が振り回される。

 

 振り下ろした僕の刀と、薙ぎ払う宗片さんの長刀がぶつかり合った。

 巻き込むように体が強く押される。今までの力感のない薙ぎ払いじゃない。

 吹き飛ばされて姿勢が崩れるけど……辛うじて足が畳に触れる。転ぶわけにはいかない。

 膝がついてしまったけど……まだ終わってない。すぐ立ち上がった。


 宗片さんが畳の上でアクション映画のようにさらにもう一回転して立ち上がった。

 そのまま流れるように後ろに飛ぶ。


「ふーん……なかなか」


 一つ肩で息をして、宗片さんが構えを取った。


「あれを恐れないんだ……いいねぇ」


 宗片さんの口調が変わった……刀を握り直す。ここからが本番だ。

 

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