第39話 国内一位の不思議な剣術について
「そこまでだ!」
師匠の声が聞こえて、ようやく緊張が解けた
……試合時間は5分だったんだけど。そのわずか5分がこれほど長く感じたのは初めてだ。
「ああ……もう時間切れか……短いなぁ」
宗片さんが刀を下ろす。
「どう?あと5分、延長戦といかないか?」
「……すみません、遠慮しておきます」
結局最後まで動きは変わらなかったけど……あの後は明らかに斬撃の殺気が変わった。
こっちは躱すのに精いっぱいで、全身汗まみれ。何度も目の前を切っ先が掠めて緊張感で疲れ果た。
宗方さんは殆ど息も乱れていない。
「うーん、つれないなぁ……でも大したもんだねー。僕としては5回は殺すつもりで振ったんだけど……君は全部躱した。お見事」
「……ありがとうございます」
物騒な発言は聞かなかったことにしておこう。
「でもねぇ、これは……うーん……ねえ、片岡君。もし、だけど」
何か問いかけて、宗方さんがちょっと考え込んだ。
「なんですか?」
「いや、なんでもないよ」
宗片さんが首を振る。
「うん。でも楽しかったよ。ありがとう、また遊ぼう」
そう言って宗方さんが一礼してくれた。僕も礼を返す。
模擬刀を袋に入れて、壁に掛けた羽織をコートのように引っ掛けるとそのまま出て行ってしまった
★
ざわついていたギャラリーも三々五々散って行った。
見ている分には、なんというか退屈な試合だっただろうと思う。ほとんど間合いを詰められない僕と、距離を取りながらふわふわとつかみどころ無く動く宗片さん。
あの殺気は対峙してみないと分からないだろうな。
「どうだった?」
師匠が声をかけてくれる。
「強いんですけど……なんか、変わった動きでした」
今までいろんな人といろんな武器で稽古したけど誰とも全然違う動き。
そして緩い空気の中で突然混ざってくる殺気の籠った攻撃。
こういう言い方はおかしいけど、トリッキーな動きの格ゲーのキャラを相手にしているみたいだった。
「まあ……あれは邪剣の類だな」
師匠が言う。
「恐らくあいつの武器を使うためだけの刀術だ。長さがあって切れ味が恐ろしくいい刀を体重を乗せずに刃先を触れさせる、そんな動きだな。お前の参考にはならねぇ」
「あんなのでいいんですかね」
参考とかいう以前に真似ができる気がしないけど。
正統派とかとは限りなく縁遠いと思う。
「ああいうのは変に剣術を仕込んで型に嵌めると良さが消えることがあるからな。それに、なんせ国内一位だ。言ってきくタマでもないだろ」
師匠がやれやれって感じで首を振る。
「それに、邪道でもそれで勝てているならそれでいい、とも言える」
「そうなんですか?」
「所詮刀は人殺しの業、生き延びて敵を殺してナンボだ。負ければ正統派の修練を積んだ剣技も畳の上でしか戦えないお座敷芸ってバカにされる」
この辺はなんというか師匠は実戦派というか。
自分のスタイルはあるけどそれへのこだわりは薄いというか、勝てばそれが正義って感じがあるな。
「でも、なんというか、全然当たる気がしませんでした」
結局当たりそうになったのは、強引に踏み込んだあの時だけ。
勿論、鎮定で風を飛ばせればと言う場面はいくつかあったけど……それでも当たるかは怪しい。
「僕の動きは読まれてましたかね?」
「いや、多分違うな……恐ろしくカンがいいんだろう。時々ああいうのはいるんだ。よく言えば刀に選ばれた天才、悪く言えば天性の人切りだ」
「師匠なら勝てますか?」
「どうかな……捌くことはできると思うが、こっちの刀が当たるかは分からねぇ。お前みたいに相打ち上等で踏み込むくらいしか思いつかねぇな」
師匠にそう言わしめる位だから相当だろう。僕との戦いでも実力の半分も見せてないんだろうな。
しかし。一言で強いといっても、いろんな強さがあるもんだな、と思う。
★
その夜、不意にショートメールが届いた。
『やあ、片岡君』
見慣れない番号、未登録の番号だ。
「どちらさまですか?」
『僕だよ、僕』
そのメッセージからちょっと間があって。
『僕だよ、一刀斎だ』
判事が返ってきた。宗片さんか
……どうやってこの番号を知ったんだろう。
『君のことが気に入ったんでね。いつでも連絡が取れるようにしておきたかったんだよ』
「どこでこの番号を?」
『まあそんなこといいじゃないか、細かいことを気にしてはいけないよ』
『これからも宜しく』
『僕の電話番号も登録しておいてくれよ』
答えるつもりはない、と言わんばかりの連続メッセージが来た。
多分だけど……協会の事務局に聞いたんじゃないかと思う。というかそれ以外に考えられない。
……教える方もどうかと思うけど、国内一位にあの調子で押し通されたら仕方ないのかな。
抗議しても仕方なさそうだけど、一応文句の一つでも言っておくことにしよう。
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