第40話 伊勢田さんの過去の話

『それで、その時はどう思ったんだい?自分たち以外に一般人がいるって状況で』

「……正直言って、大丈夫だろうかって思いました。この人たちを守り切れるかって」


『それでも見事に三人の一般人を守り、しかもさらにさらに奥まで進んだ』

「取り残されていたのは僕の妹でした。あの場で僕が行くのは当然です」


『まったく、勇敢だ。魔討士たるものこうじゃないといけないんでしょう。私も見習わなければいけませんね、視聴者の皆さん

ありがとう、片岡水輝君。いい話を聞かせてもらったよ』

「いえ、こちらこそ」


『高校生6位にして銀座の英雄。風使い、片岡水輝君のインタビューでした。銀座ダンジョンの探索の動画は動画タブからご覧ください。ではまた、このチャンネルでお会いしましょう』


 明るく伊勢田さんが言って画面が暗くなって、もう一度再生しますか、のメッセージと再生アイコンが画面に出た



「どうだい?」

「……誰だ、こいつって感じですね」


 正直言って、画面の中で動いている自分はあんまり自分に見えない。


 今日は伊勢田さんのチャンネル用のインタビュー動画の撮影に来ている。

 檜村さんは動画出演は断固拒否して、伊勢田さんも無理には言わなかった。


「配信は……いつ頃になる?」

「会話の編集をして、せっかくだからダンジョン内部の映像もカットインで入れるつもりなので、そうですね。多分1週間くらい」


 七瀬さんがパソコンを操作しながら言う。

 

「というわけで、一週間後にはあの動画が流れるわけだ。楽しみにしてくれ」

「……やっぱり止めていいですか?」


 一瞬想像してやっぱりとても恥ずかしくなったんだけど。


「ダメだ。諦めてくれ」

 

 楽し気に笑って伊勢田さんが首を振った。

 今日の伊勢田さんは動画の雰囲気に近い。

 ダンジョン内では緊張感で他人を寄せ付けない雰囲気もあったけど、普段は気のいい兄貴分って感じだな。


 なんとなく部屋を見回す。伊勢田さんの部屋は予想より殺風景というか簡素だ。

 かなり広いワンルームって感じで、大きめの窓からは明るい外の光が入ってくる。

 高そうな部屋ではあるんだけど、広い部屋の隅っこにトレーニング機材と撮影機材が整然と置かれていて、あとはテーブルとソファとベッドとパソコンが置いてあるだけだ。

 

 銀座の動画を見せてもらっていたら、玄関からインターホンが鳴った。

 七瀬さんがモニターを確認して何か話している

 

「ピザでも食べて行かないか、せっかくだから。君の分も取ってある」

「ああ、じゃあ、ありがたくいただきます」


 しばらくして七瀬さんが箱に入ったピザを持ってきてくれて、伊勢田さんが冷蔵庫からビールとコーラの瓶を出してくれた。。



 大きめのテーブルの上にピザが広げられた。

 大手宅配ピザのロゴが入った箱を開けるとふんわりとトマトとチーズのいい香りが漂う。


「遠慮なく食べてくれ」

「はい、有難うございます」


 かなり熱いから注意しつつ、カットされた一枚を取った。チーズの香りが何とも食欲をそそる。

 火傷しない様に口に入れると、とろけたチーズとトマトソースの味がまずして、ペパロニソーセージとカリッとしたガーリックチップのちょっと辛めの組み合わせが口の中で弾けた。

 生地が薄くて食べやすいのも個人的には好みだ

 なんだかんだで緊張して腹が減っていたのか、すぐ一枚平らげてしまった。


 伊勢田さんはビールを飲みながらピザを食べている。 

 パソコンのスピーカーからちょっと昔のポップスが流れていた。

 しばらくは僕も伊勢田さんも七瀬さんも食べる方に集中して、机の上のピザがすぐ半分くらいになった。


「そういえば、この間、宗片さんに会いましたよ」


「ああ、一刀斎に会ったのか」

「ええ」


 そう言えば。今度会う機会があったら、自分の刀と話せるのか聞いてみたい。インタビューによれば、あの人は一刀斎と言う自分の刀に稽古をつけてもらったらしいし。

 鎮定とまた話す方法はあるんだろうか。


「どう思った?」

「変わった人だな、と」


 刀を交えただけだからよくわからないという部分も大きいけど。

 あの戦い方や強引な話の進め方と言い、まあ変わっていると思う。


「正直言うと変な奴だと思うね。変なのはまあ個性だが、俺は好きではないな」


 折角婉曲に言ったんだけど、伊勢田さんがオブラートに包まず、はっきり言う。

 この人は動画では明るいけど、根は相当に生真面目っぽいから何となくわかる気がする


「……あれほどの強さを持ちながら積極的にダンジョン討伐をしようとしないのはね」


 ちょっと重い口調で伊勢田さんが言う。


 宗片さんは国に属する専業魔討士としてあちこちを転戦しているらしいけど……どうにも気まぐれな人らしい。

 ただ、国内一位は伊達じゃないようで。

 あの後調べたんだけど、最近だと岐阜の8階層のダンジョン、奥多摩と似た感じの虫のモンスターであふれるダンジョンを壊滅させている。


 しかも護衛を刀を振る邪魔といってたった一人で攻略して、傷一つ負わなかったらしい。

 確かにあの人が本気を出せば八王子とか新宿のダンジョンの攻略も進みそうだと思う。



 1時間程して食事は終わった。

 テーブルの上は綺麗に片づけられて、ポテチとかのスナックとチーズが並べられている。

 七瀬さんはジュース、僕はコーラ、伊勢田さんはビールをのみつつ思い思いにチップスをつまむ。


「そういえば、伊勢田さんはなんでこんなことしてるんです?」


 あのダンジョンでは魔討士の活動を広げるためって言っていた気がする。

 正直言って世の中の人気動画配信者のように、動画のスポンサー収入でお金持ち、と言うイメージだったんだけど。部屋を見る限りあんまりそんな感じはしない。

 まあそもそも本人の雰囲気がそういう感じではないんだけど。

 少なくとも金のために戦っているって感じじゃない。


「ああ、生き延びたら教えるって言ったね」


 ビールを飲みながら伊勢田さんが言う。

 ワイルドな印象のヒゲ面にビールの小瓶のままで飲んでいる姿は、映画のようでやたらと様になるな。


「俺は魔討士の資質に大学生卒業の時に気が付いた。22歳。ダンジョンが現れてわりとすぐの時期だね」

「そうなんですか?」


「でも俺は登録もしなかったし特に活動も訓練もしなかった。他にやりたいことはいくらでもあったし、ダンジョンの討伐なんて他人ごとだった。

他の誰かがやるだろ、俺がやらなくてもいいさって思ってたんだよ」


 そう言って伊勢田さんがビールを一口飲む。


「卒業して普通に就職して、友達と買い物に行ったときに野良ダンジョンに遭遇した。あれはたしか9月だったよ。少し仕事に慣れたころだった」


 伊勢田さんが記憶を探るように窓の外に目をやった。


「誰かがやってくれると思ってた……でも残念ながら、誰も結局やってはくれなかった。

あとから知ったんだが俺以外に3人、その場に素質持ちがいた、でも誰も何もしなかったしできなかった

……犠牲者は3名」


 静かな部屋にパソコンから流れるイントロと、窓の外から小さく車のクラクションが聞こえた。


「で、俺は考えを変えた。誰かがやってくれるだろうじゃなくて、俺がやる、にね。

それと、誰かがやってくれるだろう、と言う人を一人でも減らしたくなった。こういうわけだ」

「……すみません」


 気軽に聞くべき話じゃなかった。3人の中にこの人の友達が含まれていることくらいは聞かなくてもわかる。

 気まずい気分でコーラを飲み干した。


「いや、別に隠すことじゃない。積極的に言って回ることでもないけどね。

それに、君になら話していいと思ったのさ」

「なんでです?」


「俺は君を尊敬リスペクトしている。此処にはいないが檜村さんもね」

「はぁ?」


 なにかこの人に尊敬されるようなことが有っただろうか。

 疑問が顔に出ていたらしい。伊勢田さんが分かってないなって感じで苦笑いした。


「……君は逃げることもできたんだよ」

「というと?」


 伊勢田さんがビールを一口飲んで僕を見た。


「檜村さんと二人で、あの人たちを見捨てていく選択肢もあったはずだ。妹さんと違ってあの人たちは君にとっては他人だ。その方が生き延びる可能性は確実に高かった。違うかい?」

「……言われてみれば……まあ」


「ダンジョンの中で彼らが死んだとしても、君たちが助けなかったことはだれにも分からない」


 言われてみればそうだったかもしれないけど。


「でもそんなこと、君たちは考えなかった」

「ええ、それは流石に」


 確かに相馬さんや裕君を置いていく方が戦いやすかったとは思う、言われてみれば。

 でも、その時はそれを考えもしなかった。仮に思いついていても、それはやれなかっただろう。後味が余りにも悪すぎる。

 伊勢田さんが僕を見て微笑んだ。


「だから俺は君を尊敬する……自分以外の誰かがやってくれるだろう、と思わなかった君をね」

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