第30話 動画配信者の実力は予想以上だった。
空中に浮かぶような階段を降りた。
三階層も二階層と全く同じような無機質な通路だった。ただ、すぐに直角の曲がり角や分岐がある。
スマホを見ると3階層の表示があるだけで、地図は殆ど表示されていない。ダンジョン探索型ゲームのミニマップ状態だ。
「視聴者の皆さん、ついに三階層に到達しました。アプリではこの階層が最下層です」
三階層に降りて早速伊勢田さんがカメラに向かって話し始めた。
さっきの真剣な感じから打って変わって、動画でよく見るちょっと軽い語り口だ。
「そして、この階から心強い仲間が加わりました。高校生にして乙類6位。片岡水輝君と……丙類の魔法使いです」
七瀬さんが僕等にカメラを向ける。
何万人にも見られる人気動画だけど、今は撮られて嬉しいって気分じゃない。檜村さんが顔を逸らした。
というか、早く進みたい。
階段の部屋は高校の教室より少し狭いくらいで、左右に四角い通路が伸びている。パネルから漏れる淡い光で明かりには不自由しない。
「この階にいるという生存者を助けて必ず我々は帰還します。皆さん、無事を祈ってください」
カメラに向かって伊勢田さんが話を切り上げてこっちを向き直った。
「片岡君、どっちに行くか決めてくれ」
「なんで僕に?」
「こういう時には身内のカンは案外当たる」
伊勢田さんが全く根拠がなさそうなことをきっぱりと言う。
ただ口調は真剣だ。それにそもそも手掛かりはない。
「……じゃあ左で」
「よし、行こう。片岡君、先陣を頼む」
「はい」
★
「次は右で」
二つ目の分岐を抜けた。
スマホのアプリが通った場所を記憶したようにマップが少しづつ埋まっていく。とりあえず退路に迷わないのは助かるな。
直角に曲がる分岐と均質な広さの四角い通路はなにやら昔の3DスタイルのRPGを連想させる。僕はやったことは無いんだけど。
檜村さんが時々絵麻たちに電話をかけてくれるけど。振り向くと檜村さんが首を振った。
足音以外に物音がしない。その静けさが逆に不気味だ。ホラーゲームの謎の研究施設とかを歩いているような気分になる
「片岡君、伊勢田さん、来たぞ」
檜村さんの警告の声が聞こえる。回廊の向こうに黒い球体が浮いていた
★
球体が此方を認識したように、表面に波紋が走った。泡のように球体が分裂する。
七瀬さんがカメラを下ろして何かを唱え始めた。
「行きます!」
刀を構えて前に出ると同時に、僕の周りに淡い光が浮かんだ。
球体がこっちを見たような感じがして、分裂した球の一つが一瞬光る。
レーザーが飛んできたけど、僕の周りの光の膜がそれを弾いた。一瞬光が淡くなってもすぐにまた元に戻る。これが七瀬さんの能力か。
「マグナム!ハートキング!」
後ろから甲高い金属的な音がして、目にも止まらない速さで飛んだ光の玉が球体につき刺さった。
球体が身じろぎするように震える。
追い打ちをかけるように、斜め後ろから飛ぶ光弾が正確に球体をとらえた。球がいくつか波打って、負けじとレーザーの発射モーションを起こす。
球体に目なんてないんだけど、こっちから注意がそれたのが分かった。
「隙あり!」
刀を振り下ろすと、球体が真っ二つになって消えた。
何ともあっけない……二人で協力できるとなんというか本当に楽だな。
★
その後も2体に遭遇したけど。
一体は同じように仕留め、もう一体は距離が離れている所から伊勢田さんが長い銃……トゥイードルダムと呼ぶ
銃のようなものを使う能力、と言う話は聞いていたけど。
どうやらいろんな銃を作るというかそういうものらしい。今は映画で特殊部隊とかが使っているようなライフルを構えている。
「僕が言うのもなんですけど……凄い強いんですね」
「偉そうに言ってるけど、こいつは本当に強いのか?戦いの場面を配信してないくせに、と思っていたか?」
小さく笑って伊勢田さんが言う。
いや、そこまでは思ってないんだけど。
「信頼に値するかい?」
「はい」
切り込む時に後方から援護してくれるから、球体の攻撃が分散する。一人で距離を詰めるのよりはるかに楽だ。
接近戦になっても射線を取りながら撃ち続けてくれる。伊勢田さんに攻撃が向けば僕が切ればいいし、僕に攻撃が向けば伊勢田さんが火力を集中して敵を撃ち倒す。
僕みたいな素人でも分かるほど、援護の仕方というか連携がとても上手い。
僕はそんな器用な真似はできないから、伊勢田さんが僕の動きに合わせてくれているんだろう。
配信者としては有名だけど、甲の5位のランクは飾りとか言う噂もあった。でも一緒に戦うとそんなことはなかった。
「この仕事を始める時に、アメリカの民間の軍事訓練施設で3ヶ月特訓した」
「失礼ながら……全然動画と雰囲気違いますね」
アサルトライフルの様なものを構えて警戒する姿は、映画で見る軍人の姿そのもので隙が無い
「俺の動画は魔討士の活動を皆にしってもらうためだ。眉間に皺を寄せて堅苦しい話をしていても仕方ない……楽しくってわけさ」
最後だけ動画で見慣れた口調になる
口調も全然違うし動画から感じる気楽なダンジョン探索の動画配信者って感じの緩い雰囲気は全く感じない。
こういう真剣な感じの方もいいと思うんだけど。
「まだ魔討士の戦いは理解されてないし、能力を持っていてもやらない人は多い。魔討士は役に立つ、金になる、と思って貰えば世間の理解も深まるし志願者も増えるだろ?」
あの配信にそんな意図があったとは全く気が付かなかったけど。
「なんでそんなふうにしてるんです?」
「それは生き残ったら教えてあげよう」
★
少し歩いたところで先頭を交代した。なんだかんだで先頭で警戒し続けるのは疲れる。
今は伊勢田さんが先行してくれている。
僕はその少し後ろ。2階層でもあったけど突然後ろにあの球が現れることがあるから殿役だ。
その後ろを檜村さんとカメラを構えた七瀬さんが行く
「そういえば、助かりました」
「いえ……あたしの仕事だから」
七瀬さんに声を掛けると、カメラを構えたまま小さく返事が返ってきた。
そういえばまともに自己紹介もしてないな
「いや、それでも。ありがとうございます。凄い能力ですよね」
あの球体のレーザーはとにかく早いから撃たれたら躱せるかは運次第の部分が大きい。
とりえあず被弾を気にしなくていいのはありがたいし、まっすぐ踏み込める方が距離も詰めやすい。
僕が撃たれている間に伊勢田さんが仕留めてくれてもいいわけだし。
七瀬さんがちょっと戸惑ったように首を傾げた。
「本当にそう思う?」
「というと?」
「私の能力は
さっきかけてもらった感じだと、体が軽くなって早く動けるようになるし、レーザーに耐えたから防壁の効果も高い。
切り込み役としてはかなり便利というか有り難い能力だ。
ただ、僕が掛けてもらっているときには伊勢田さんにはかかってなかったっぽいから一人にしか効かないんだろう。
あと、七瀬さんの様子を見ると、どうも集中していないと効果が維持できないっぽい。
なぜ伊勢田さんのチャンネルで戦闘場面が配信されないか理解できた。
戦闘中は
「片岡君、この力……どう思う?」
藤村も言っていたけど、攻撃力が一切ない支援専門の人はパーティに入り難い。
支援能力はとても重要なんだけど、評価点は頭割りという仕組みが支援タイプの人には逆風になっているらしい。
今の魔討士の編成では支援タイプを入れるより、火力を上げて敵をさっさと叩き潰す方がセオリーなんだそうで。
この人のも強力だけど……欠点もあるか。七瀬さんが察したように笑った。
「誰も私をパーティに入れてくれなかったわ。一人にしか効かない役立たずのくだらない能力、頭数の無駄、何度も言われた。
別に欲しくて貰った能力じゃないのに、何でこんなこと言われなきゃいけないって。止めようと思ってたわ……でもあの人は違った」
そう言って、先行する伊勢田さんの背中を見た。
「私はあの人のために戦う。私を必要だと言ってくれたあの人のために。あの人が倒されたら私も死ぬ。そうなっても……」
そこまで言って七瀬さんが言葉を切った。
どうしたのかと思ったけど、先に行く伊勢田さんが何かジェスチャーをしている。話すなってことか。
静かな回廊の向こうの方から小さく声が聞こえる。
「絵麻!まって!」
……朱音の声だ。
とりあえず方向は間違っていなかった。伊勢田さんが声の方に走る。見通しのいい通路の向こうに朱音のワンピース姿が見えた。そしてその向こうには……絵麻。
「朱音!」
声を変えると朱音が振り返った。でも絵麻はこっちを振り向くことなくゆっくり向こうに歩み去っていく
「兄さん!絵麻が!」
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