第22話 欲しいものがあった時にどうすべきか
前触れなく告白タイムになって固まってしまった。檜村さんもミルクティのカップを片手に固まっている。
言っている意味が伝わっていないのか、ルーファさんが首を傾げた。
「付き合うとはどういうことですか?」
「どういうことか、と言われると……あなたのことが好きですってことかな」
ルーファさんが聞いてきたから応える。
冗談かと思ったけど、今まで見たことがないほど真剣な顔だ。ていうかあのやる気なさそうな三田ケ谷っぽくないな。
隣の席のカップルが興味津々って目で見てきていて視線がとても痛い。
ルーファさんがピザを皿に戻して少し考え込んだ。息を詰めて三田ケ谷が彼女を見ている。
「ミタカヤ様……あなたは戦士ですか?」
今度は三田ケ谷が何を言っているのか分からないって顔をした。
「戦士って?」
「戦士とは民のため、部族のために化外の獣と戦うものです。そして私は戦士です。戦士階級の者が契りを結ぶ相手は戦士でなくてはいけません。それが仕来りです」
「契りを結ぶってどういう意味ですかね」
「さあな……彼女の翻訳の魔術がどういう風に機能しているか分からないからね」
邪魔をしないように檜村さんに聞く。檜村さんも小声で返事をしてくれた。
「あなたが化外の獣と戦う戦士であるなら、契りを結んで……いずれは
ルーファさんが三田ケ谷を見つめ返して真剣な口調で言う。檜村さんが僕の袖を引いた。
「なんです?」
「マズいぞ、片岡君……閨を共にするの意味を彼は分かっているのか?」
「どういう意味ですか?」
僕にもよくわからないんだけど。
「恐らくだが、結婚するというニュアンスに近いぞ、大丈夫なのか?」
檜村さんが真剣な顔で言う。
いきなりえらくぶっ飛んだ話だな……と言っても見つめ合う二人を見る限り、横から水を差していい雰囲気ではない。
「なんでそんな深刻な話になってるんですかね」
「私の推測なのだが……彼女がいたところは恋愛を楽しめるような余裕がなかったのだろう。だから、付き合うということはそのまま結婚に結び付くのではないか」
そんな話をしているうちにも、三田ケ谷とルーファさんとの話は続いていた。
「ただ……今や私は後見人もいません。結納の品も婚姻の宴の用意もできない、身一つです。そんな私でよければ」
そう言ってルーファさんがちょっと恥ずかしそうに顔を伏せる。
三田ケ谷が僕の方を見た。
「なあ、片岡……」
「うん」
「俺も戦うぜ。いや、むしろお前のパーティに入れてくれ。檜村さん、是非お願いします」
三田ケ谷が今度は檜村さんの方を向き直る。
「俺は乙類。ランクは9位ですけどそこまで弱くはないと思いますんで」
「ああ……勿論頼れる前衛は大歓迎だ、よろしく頼むよ」
檜村さんが勢いにちょっと引き気味に答える。
「ルーファちゃん、俺は頑張るぜ。君のために。見ててくれよ」
「ミタカヤ様、私のためではいけません。部族と民のために戦うのが戦士です」
生真面目な口調でルーファさんが答える。
「で、彼は強いのかい?」
「それは間違いなく」
二度ほど一緒に野良ダンジョンと遭遇したことがあるけど、距離さえ詰めてしまえば相当の強さを発揮する。
その時のモンスターはスケルトンとか武装したアンデッドだったけど、1人で30体近くを軽々と蹴散らしてしまった。
「しかし……人を変えるのは愛なのかね?」
「どうなんでしょうね」
正直言うと、普段の飄々として何事にも興味なさそうな三田ケ谷を知っていると別人かコイツってくらいにイメージ違うんだけど。
ひとめぼれの威力ってのは中々スゴイ。
「パーティのメンバーが増えるのは喜ばしいが」
そういって檜村さんが僕を見上げた。
「君が頼りなのは変わらない……これからも一緒に戦ってくれるかい、片岡君」
「ええ、もちろん」
こういわれるとやっぱり嬉しいものがある。
この気持ちがなんなのか、檜村さんの言葉がどういう意図があるのか分からないけど。でも頑張らないといけないなって気になる。
「ところで、片岡君」
「なんでしょう」
一生懸命ルーファさんに話しかける三田ケ谷を横目で見ながら檜村さんが口を開いた。
「なんだ、私の苗字はね。長くて呼びにくい、とよく言われるんだよ、困ったものだ。別に私が選んだわけじゃないんだがね」
「そうですか?」
まあ確かに檜村さんというのはたまに呼びにくく感じる。戦闘中のとっさの時は特に。
「だから、君は呼びやすいように呼んでくれて構わないぞ……うん」
★
翌週。とりあえず八王子ダンジョンまで来た。
八王子は4階層あたりまでは討伐が進んでいてさほど危険がない。それより深くまで潜ればそれなりに手ごわい相手もいる。腕試しと戦力把握や連携の確認にはちょうどいい。
八王子、といっても正確には八王子の外れだ。京王線で新・新宿駅から40分ほど。ちなみに魔討士はタダで乗れたりする。
改札を出てすぐ右に見える八王子にいくつかある丘の上の大学。そのうちの一つがダンジョン化したのが八王子ダンジョンだ。
丘の上の校舎だったところは赤くうすぼんやり光る砦のようになっていて、地下にはかなりの深度までダンジョンが広がっているらしい。
このダンジョンは、ダンジョンマスターのアークデーモンが恐ろしく強かったらしく、アークデーモンに歯が立たないうちに侵食が進んだ。
ダンジョンの奥には団地の建物が見えるけど、当然の如く今は住んでいる人はいない。
ただ、伊勢田蔵人のおかげで八王子はダンジョンの近くの広い範囲が観光地化している。
かつての大学、今はダンジョンに向かう陸橋は見物に来た観光客や2階層あたりまで行くダンジョンツアーの参加客や、それ目当ての屋台やキッチンカーでにぎわっていた。
一応あそこにはモンスターがいるダンジョンが広がっているんだけど、のんきなもんだな。
「で、その格好はなんなんだ」
「なんかこういう格好しろって言われたんだよ」
三田ケ谷は真っ赤なジャージに飾り布代わりなのかマフラーを緩く巻いて、赤色の長めのバンダナを巻いている。
こっちについてから物陰で着替えていたけど、半端なコスプレって感じだな。
ルーファさんは最初に会った時のようなロングコートに赤い飾り布で髪をまとめて、顔にはこれまた赤で文様を描いている。
戦士の衣装ってことなんだろう。奇抜な二人は注目を集めていて、写真とか撮られている。
ルーファさんが三田ケ谷の格好を上から下まで見た。
「どうだい、ルーファちゃん」
三田ケ谷が手を広げて聞くと、ルーファさんが懐から取り出した赤い液体で三田ケ谷の頬に簡単な文様を描いた。
「戦士の衣装は……いずれ私が縫いますね」
なにかちょっと不満げだ。まあ仕方ないと思う。あんな刺繍を入れた衣装は普通は持っていないし。
「しかし、意外だね」
「何が?」
「あんなにはっきり言うとは思わなかったよ」
もう1年半ほどの付き合いだけど、正直言ってあの直球の告白はイメージとは違っていた。
三田ケ谷が先を歩くルーファさんの背中を見つめる。
「好きだって思ったから、そう言っただけさ」
三田ケ谷が頬のペイントを指でなぞる。
「だって、他の誰かにとられちゃ取返しがつかないだろ」
ルーファさんはキッチンカーとか屋台をちらちらと見ながらなにか檜村さんと楽し気に話していた。
「……今までやりたいこととか欲しいものがあんまりなかっただけさ。俺は欲しいものがあったら回り道はしない、真っ向勝負だぜ」
「成程ね」
話ながら歩いているとすぐにダンジョン入り口についた。完全に地下に伸びた新宿と違って、赤くそびえる砦は近づくとかなり迫力がある。
ここは昔の大学正門だったらしい。かつての大学名を刻んだ石板と門の跡が昔の名残を残してるって感じだな。
狭くて周りも緊張感があった新宿ダンジョンの入り口とは違って、入り口はかなり広々としていて、魔討士や、観光ツアーの人達と護衛が境界を越えてそれぞれ入っていく。
「さてと……」
「じゃあ行きましょう……玄絵さん」
僕も三田ケ谷を少し見習うことにした。
ただ、……これ以上の呼び方は無理。これでも言うのにかなり勇気が要る。
檜村さん、というか玄絵さんが驚いたような顔をして、ちょっと照れくさそうに笑った
「よし、行こうか。片岡君」
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