異世界から来た少女
第17話 代々木の野良ダンジョンで見知らぬ誰かと遭遇する。
「我々はどうもダンジョンに好かれているようだな」
「同感です」
好かれているのは僕じゃないか、と言う気もするけど。代々木で降りて新宿に歩いているところで突然ダンジョンアプリが警告を鳴らした。
この辺は新宿が交通に適さない場所になってしまってちょっとさびれている。周りにいた人たちはまばらだったのが幸いだ。
ダンジョン発生時の特有の赤い光が広がって、道路を挟むビルが岩の谷間のように変わる。
「皆、下がりたまえ。我々は魔討士だ。私たちが対処する」
落ち着いた声で檜村さんが周りの人たちを誘導する。
アプリのマップには光点が一つだけ。大きい。
前の原宿の時と違って、取り巻きがいないダンジョンマスターが単独でいるパターンか。こういう時のダンジョンマスターは強いことが多いって聞いたことが有る。
「厄介なことになりそうだね」
檜村さんもスマホをみて同じことを思ったんだろう。顔をしかめてスマホをポケットに仕舞った。
谷間にかかっていた赤い霧が揺らいで黒い影が浮かぶ。地響きのような足音がして体が揺れた……大きい。
霧の向こうから現れたのは、3つの首を持つ巨大な蛇というか竜のようなものだった。
★
正式名称は勿論わからないけど……三股の大蛇というかヒュドラとでもいえばいいんだろうか。
つーか馬鹿でかい。3階建てのビル並みの見上げるような大きさだ。この間戦ったトロールより大きい。
デカイ体ってのはそれだけで威圧感がある。サイズだけなら今まで戦った中で最大だ。
「見たことあります?」
「生憎だが……ないな」
さすがの檜村さんも口調が堅い。
そいつが不意に伏せるように姿勢を低くした。蛇というより鱗に覆われた竜のような三つの顔の6つの金色の目が僕等を見る。
身構えるより早く三つの首が凄まじい声で咆哮を放った。
耳を劈くような甲高い不快な声。空気が波と言うか壁と言うか、そういうののようにぶつかってくる。
髪が逆立って鳥肌が立った。心臓を締め付けられるような感覚……よくゲームである
牙を見せつけて威圧するようにそいつがまた僕等を見下ろした。
角が生えている奴、顎から長い牙が張り出しているやつ、それぞれデザインが違うんだな……と思ったけど、そんなことは今はどうでもいい。
息を大きく吸って吐く。心臓の鼓動が少し収まった。
「……大丈夫かい……片岡君」
檜村さんの息遣いが乱れている。
檜村さんの魔法は一撃必殺に近いけどこいつに通じるのか。そして、通じるとしても詠唱の間、こいつを相手に一人で支えられるか。
戦った相手で一番手ごわかったのは新宿で戦ったルーンキューブの中型。僕にこいつと戦えるのか。でも。
「やるしかないでしょ」
いきなり逃げるのもどうかと思う、というのもあるけど。
モンスターは境界線を越えられないけど、ダンジョンマスターが移動すると境界線も動く。こいつを野放しにすれば一般人が巻き添えになるかもしれない。
今は周りに魔討士が誰もいないし、さすがに逃げるのは不味い。
自信を持って前に立ち、後ろにいるものを守れ。それが乙類。風鞍さんの言葉を思い出す。刀を一振りして構えた。
★
猛スピードで突っ込んでくる車のように伸びてきた口を躱した。間近を巨大な塊がすり抜けて、倒れそうになるところを踏ん張った。躱したのが何度目かはもう覚えていない。
顎が閉じて牙がぶつかり合う音が間近で聞こえる。
アレに噛まれたら……と思ったけど、恐怖に溺れるなという師匠の口癖を思い出した。
「来い!」
気合いを入れて嫌なイメージを頭から振り払う。
切りつけようとはしているんだけど、あと二つの首がこっちの様子を伺っていることを思うと迂闊に攻撃に移れない。
見た目はデカイ蛇なんだけど、3つの頭が連携して隙を狙ってくる。見た目以上に賢い。
攻撃している時は武器を防御には使えないから、攻撃の時は最大の隙を作る。
檜村さんの防御の術もかけてもらっているけど、あの顎に噛みつかれたらいくら何でも助かるとは思えない。
ヒュドラの真ん中の首が大きく口を開いた。青白い炎が浮かぶ。火を吐く気か。
「一刀!
「【書架は南東・想像の四列。壱百五拾弐頁五節。私は口述する】」
風を切り裂くイメージで刀を振り下ろした。
見えない刃が飛んで真ん中の首を切り裂く。ヒュドラが悲鳴を上げて後退した。口元に浮かんでいた火が消える。
「『古の射手は風を友とした、一矢が遠き野にあるものを違わず刺すはその導きの賜物と知れ』術式解放!」
檜村さんの詠唱が終わる。
空中に長い針のようなものが浮かんで、弾丸のように飛んだそれが次々とヒュドラにつき刺さった。
ヒュドラの顔から血飛沫のようなものが飛び散る。モンスターに生物的な意味での血があるのかは謎だけど。
この魔法は発動が早いのはいいんだけど、決定打にはなってない。
さっきから何度も切りつけたり、檜村さんの魔法が当たってはいる。
ただ、なんというかダメージを与えている気が全くしない。頭の上にHPゲージでも浮かべておいてほしいところだ。
「厄介だな……逃げた方がいいか?」
檜村さんがつぶやく。
三つの首が交互に噛みついたり炎を吐いたりしてくる。体は一つなんだけど、三体のモンスターを同時に相手にしているようなもんだ。
体が一つだから挟まれないのは救いではある。
噛みつきだけなら凌いでいれば、檜村さんの魔法で何とかなるかもしれないんだけど、炎が厄介だ。
止めないと詠唱中の檜村さんに直撃しかねない。でも火のブレスを注意していると噛みつきへの反撃もままならない。
こういう時はできれば援護が来てほしいんだけど。新宿が近い割には誰も援護に来てくれない。
戦いが始まってからどのくらいたったのか。大して長くはないんだろうけど、避けと炎を止めるので防戦一方になっている。
はっきり疲れを感じる。このままだと不味い。
ヒュドラの方はあちこちから血を流しているけど、効いている様子は無くて動きが衰えない。
無機質な6つの目が僕等をねめつけるように見る。
持久戦になれば有利と考えているのか分からないけど、獲物の疲れを待っているって感じで嫌な感じだ。
ヒュドラがもう一度吠えて真ん中の首が体を逸らすようなモーションを起こした。火を吐いてくる。
ワンテンポ遅れて左右の首が突進するようにこっちに向かってきた。同時には止められない。
「一刀!薪風!」
刀を横に薙ぐ。風を纏うイメージで。竜巻のように周りに風が吹き上がった。シャツの裾が風で翻る。
左右から挟むように来た咢が風の壁にぶち当たる。
後ろに飛びのくと、一瞬遅れて風の壁を押し破った首がついさっき僕がいた場所で口を閉じた。不満げに首が僕の方を見た。
もう一方の首を見る。炎の破片が牙の間から漏れている。間に合うか
「一刀!」
刀を上段に振り上げた時、突然ヒュドラが悲鳴を上げた。
★
ヒュドラが何かを振り払うように身じろぎして真ん中の首が大きく振られた。白い塊が空中を飛んで、くるりとそれが一回転して着地する。
何かと思ったけど。シベリアンハスキーより大きな狼のようなものが、僕等とヒュドラの間に立っていた
「あれは?」
檜村さんが怪訝そうに言う。
もさもさした柔らかそうな銀色の毛並みに、黒い模様のような筋が入っていた。
少なくとも狼が突然姿を現す状況じゃないし、見た目やサイズはどう見てもモンスターにしか見えない。
でもアプリを見るけど、アプリは新手のモンスターの警告を出してはいない。
狼が僕等を一瞥した。身構えるけど、オオカミはすぐ僕等から目を離して、ヒュドラの方を睨みつける。
そのまま狼が駆けだした。左右から噛みつこうとするヒュドラの頭を軽やかにかわして、真ん中の首にかみつく。
そのまま牙を立てたまま体を捻った。肉がえぐれて血のようなものが飛び散る。
狼が地面に降り立って、肉の欠片を吐き出した。ヒュドラの首の攻撃を身軽にかわしながら時折噛みついたり爪で顔を切り裂いたりする。
味方か、なんなのか。でも、いまはそんなことはどうでもいい。敵じゃないんならとりあえずそれで十分。
ただ、協力できるのかまでは分からない。一緒に切り込むべきか。
「эй шумо.
Чӣ кор карда истодаед?」
迷ったところで不意に上から聞き慣れない言葉が聞こえた。
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