第16話 前に立つ者の名誉と責任
誘われるがままに、近くのカフェに移動した。店のロゴを貼り付けた広いガラス窓から昼下がりの光が差し込んできている。時計を見ると2時過ぎだった。
窓際のテーブルに座った風鞍さんが、ウェイターさんにビールと何品かの料理を注文する。とりあえず紅茶だけ頼んだけど。
「あたしの奢りじゃけん、遠慮せんでなんでも頼みんさい」
風鞍さんが気軽な口調で言ってくれる。
でも、この場でじゃあ遠慮なく、といえる人はまずいないと思う。少なくとも僕には無理だ。
すぐウェイターさんがビールと紅茶を運んできてくれた。風鞍さんは海外のものらしきビールの小瓶をかるく掲げて飲み始める。
「真昼間に未成年の前ですまんの。仕事も終わったけえ一杯やらせてもらうわ」
僕も紅茶を一口飲んで、改めて正面に座っている風鞍さんを見る。
でも、向かい合って座ったのはいいけど、ランクの差は考えればまさしく天上人だ。何を話せばいいのか見当もつかない。
2位まで上がるにはどれだけ戦わなければいけないのか想像もつかない上に、確か2位以上になるには一定の功績をあげて認定をうけないといけなかった気がする。
「あの……えっと、なんで此処に?」
「あたしは自衛官をやっとるんよ。今日はちょっと仕事での」
風鞍さんがビールの瓶をテーブルに置いた。
ただそれだけなんだけど、なんというかちょっとしたしぐさ一つ一つにオーラのようなものを感じてしまう。
「自衛官なんですか?」
「陸自の特別災害対策小隊所属、階級は三佐じゃ」
東京でも公務員のような扱いで戦う職業魔討士はいるけど。自衛隊にもそういうのがあるのか。
次の話題を考えて風鞍さんの顔を見る。
「傷が気になるかい、兄さん」
不意に向こうから言われた。
白い綺麗な肌なだけに、引き攣れたような頬と額の傷跡はかなり目立つ。そういうわけじゃなかったんだけど。
というか、見過ぎるのは失礼だった。
「向こう傷は誰ぞを守った証よ。これも乙類の勲章じゃ」
自慢げに傷跡をなぞって風鞍さんが言う。
「しかし、兄さん。年上の甲類に噛みつくっちゅーのはええ度胸じゃの。あたしも甲類の連中は好かんのでな、すっとしたわ」
「まあ……前も一度やってますんで」
訓練施設で起きたことをかいつまんで説明する。
風鞍さんがやれやれって顔をして首を振った。
「どっちが偉いとかそういうこというのはつまらんのじゃがの、まあああいう風に言うもんはおる……じゃがの、その評価はあたしらが覆すしかないんやぞ」
そう言ったところでウェイターさんが来て、テーブルに料理が並べられた。風鞍さんがもう一本ビールを頼む。
とりあえず僕の父さんよりは随分ペースが早い。
「兄さん、高校生じゃろう?」
「はい、2年生です」
「その年で6位は大したもんよ。高校生のうちに……そうじゃの。4位まで上がりんさい。二十歳までに3位じゃな」
気軽に言ってくれるけど、全然できる気がしないぞ。
6位に上がったばかりだし、4位どころか5位だって当面は僕的には雲の上だ。
ランクを上げるために必要な評価点はだんだん増えてくる上に、低階層で稼いだ評価点は下方補正がかかる。いわゆるザコ狩りをしてランクだけ上げることをさせないための措置らしい。
なので魔討士の間では5位の壁が厳然と存在する。
「お待たせしました」
そう言ってビールを持ってくれたウェイターさんがちらちらと風鞍さんを見た。
どうやらこの人は風鞍さんのことを知っているのか。でも話を聞いていればわかるかな
「兄さん、あたしのことを知っとるかい?」
視線に気づいたらしい風鞍さんがウェイターさんに言う。
「勿論です。雑誌で見ましたよ」
綺麗に整えた髭に細身の、ファッション雑誌の表紙にでもなりそうなウェイターさんが嬉しそうに言う。
「ほうか、そりゃ嬉しいの。一緒に写真でもとるかい?」
「本当ですか?喜んで」
なんというか乙類トップクラスなはずだけど、気さくな人だな。
二人が肩を組んでセルフィ―を撮っている。
「ところで兄さん、こいつともとっておいた方がええぞ」
不意に風鞍さんが僕の方を指さした。
「そうなんですか?」
「高校生の乙類の最上位は5位じゃ。こいつは6位よ。案外記録更新するかもしれんよ。そしたらその写真はお宝じゃぞ」
「それはすごい。もしよかったら一緒に写ってもらえるかい?」
ウェイターさんが感心した顔で僕を見る。
なんとなく気恥ずかしいし大げさに持ちあげられている気がするけど。風鞍さんがスマホを構えて目で促してきた。
ウェイターさんと並んで写真を撮ってもらうと、写真を確認して嬉しそうにして握手を求めてくる。
「ありがとう。こんなことしか言えなけど、無事を祈っているよ」
「ありがとうございます」
目をやると、ウェイターさんがカウンターの向こうで写真を見せびらかしていた。
「僕なんかでいいんですかね?」
「当たり前よ。いいか、兄さん。6位は低くは無いぞ。乙だの高校生だのとか、下向いちゃいかん」
風鞍さんが真剣な口調で言う。
「魔討士の世界は実力がすべてよ。高校生も社会人も、男も女も、年齢も何も関係ない。いい時代よ。高校生でも5位まであがりゃあ、高校生だからこの階層までなんてケチなことは誰も言わんわ」
「そういうもんですかね……?」
子供だから、高校生だから、乙類だから、色んな壁を感じるときはやっぱりある。
「壁があるなら自分でぶち壊しんさい。あたしたちにはそれが出来る。自信をもって強く立つんじゃ、ええの?」
力強く風鞍さんが言う。
そういうえばこの人も元は普通の会社員だった、と何処かで読んだ気がする。色んな壁をぶち壊してきた人なんだろうな。
★
「いいか、兄さん。乙はの、自分が守りたいもんを守るんじゃ。自分で選ぶんじゃ。血を流してもいい相手をの。安売りしちゃああかんぞ」
そう言って、風鞍さんが籠に入ったコーンチップスを一枚口に運んだ。
店に入ってかるく1時間は経っていてビールは多分5本くらい飲んでいると思うけど、顔色一つ変わってない。ただ、口調はちょっとおぼつかない感じになってるけど。
「で、兄さんにはそういうもんはおるかい?」
風鞍さんが遠慮ない感じで聞いてくる。そう聞かれてすぐに檜村さんの顔が浮かんだ。
「……はい」
「じゃあお前は幸せな乙類じゃの」
傷がある顔でにやりと笑う。ワイルドな風貌なんだけど、笑顔がなんというか屈託がなくてなんとも人を惹きつける感じだ。
「失礼ながら風鞍さんにはおられるんですか?」
「居るにきまっとろうが」
風鞍さんが差し出してくれたスマホには普通のサラリーマンっぽい眼鏡にスーツの人が映っていた。
いかにも人のよさそうな感じで、魔討士には見えない。
「わしの相棒じゃ。
「……すみません」
あまりにも格が違いすぎると逆に知らない。
スーパースターの名前を知っていても顔は知らないとかはあると思うし、その人が自分の前に現れるなんて普通は想像もしないと思う
「まあええわ。いいか兄さん、乙類はの、中継ぎじゃないぞ、捕手じゃ。
投手がおらんと試合は進まんが、キャッチャーがおらんと試合にならんじゃろうが。あたしらはチームの要としてホームを守るんよ」
ビールを飲みつつ話してくれてるけど、口調は真剣だ。
「あたしらが弱いとあたしらの後ろが怪我をするんじゃ。大事な人の前に立つからこそあたしらは強くないといかん。捕手がぐらぐら定まらんチームは弱い。あたしらの代わりがいるなんてとんだ的外れよ」
自分に言い聞かせるような口調で風鞍さんが続ける。
「わしらは断じて端役じゃないがの……チームの要は責任重大なんじゃぞ。それは高校生でも変わらん。覚えときいや」
確かにそうだ。替えがきくだのと言われると腹は立つけど。
重要な位置にいるってことは責任も重いってことだ。
「まあ、あたしは
なにやらドヤ顔で風鞍さんが言うけど。
「………誰です?」
「瀬戸内の二枚看板を知らんのかい。まったく。西原はキャッチングが上手いベテラン捕手、藍澤は打てる捕手じゃ」
風鞍さんがあきれたような顔をした。
何のことかと思ったけど、プロ野球のことだ。中国地方のチーム、瀬戸内レッドフレイムのことか。よく見るとスマホのケースも赤でレッドフレイムのロゴが入っている。
野球は新聞で読むくらいだけど、二連覇中で今も首位を快走中なことくらいは知っていた。
「連覇したのにまだ関東じゃ知名度低いんかのう」
「いえ、僕は余り野球を見ないんですよ。でも今は首位でしたっけ?」
言ったら風鞍さんの表情がパッと明るくなった。
「良く知っとるの、兄さん。いい機会じゃ、あたしが野球の面白さを教えちゃろう」
どうやら分かるようなことを行ったのは間違いだったらしく。その後たっぷり2時間ほど野球談議につき合わされた。
野球の話は半分も分からなかったけど、合間合間の乙類の心構えとか戦い方については話はとてもためになった。
そして、前に立つ乙類の責任と言う言葉が強く胸に残った。
それと、強ければ高校生でも関係ない、と言う話も。
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