7-チャイム

 わざわざ中身の見えない黒い袋に入れたのだろう。

 袋の口はしっかりと結ばれておりどの角度から覗いても中身を確認することが出来ない。


「何入ってんのよ。これ」


 私はバカなのか。


 見たくもない中身の正体を、気がつけば聞いている。

 入っているのはきっと子供の手のミイラだろう。そんな残酷で残虐なものを見たいはずがない。


 なのに、袋が開封されるのを待っている自分がいる。


 きっとこの一週間は満足に眠ることが出来なくなるだろう。

 また真夜中に勉学に励んでしまう。


「それがねー。これなのよ」


 沙羅が黒いナイロン袋の結び目を解いて手を突っ込んだ。


 ――そこで、チャイムが鳴った。


 休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴り、周りのクラスメイトたちは遊びや話を切り上げて席につき始める。


 沙羅はチャイムに驚いた様子で袋の中のものを掴まずに手を抜き出した。


「チャイム鳴っちゃった。続きはまた後でね」


 悪魔のような笑顔が、わざとだと言うことを物語っている。


 沙羅はおそらくここまで計算済みだった。


 袋の口をもう一度結び直し机の横にかけて、沙羅は黒板の方を向いた。


 胸の奥がもやもやする。見たい気持ちと見たくない気持ちが渦巻いている。


 後少し、もう一歩のところでチャイムに邪魔をされてしまった。


 しかし、おかげでミイラか何かから私は逃げるタイミングを手に入れた。

 この授業が終われば、ホームルームがあり、後は帰るだけ。


 六限とホームルームの間の時間は少ししかない。


 机の横にかかった何かを取り出して見せるには時間が短すぎるだろう。


 おそらく沙羅は放課後の教室、誰もいなくなった二人だけの教室で見せるつもりなのだ。

 だから、私はクラスメイトに紛れて帰ればいい。


 そうすれば、私は沙羅が突き付けようとしているホラーから逃げることができる。




 ――結局私は逃げることができなかった。


その正体の一切の情報を遮っていて煩わしい。

気になると気になりすぎてしまう性分のおかげで授業は全く手につかず、ノートを取るだけで精一杯だった。


 ホームルームが終わり、クラスメイトが揃って教室から出ていく。


 帰宅するものや部活に行くもの、何処かに遊びにいくもの。

 出入り口が賑やかになって人混みができる。


本当に逃げたいと思っていたのなら、私はその中に身を投じて帰っただろう。

 しかし、私は沙羅に捕まるのを待ってしまった。


沙羅の魔の手は、私の心をすでに掴んでいた。


 目の前の沙羅は、ゆっくりと帰る支度をしていて一向に話しをする気配がなかった。


 私は帰ることも話しかけることも出来ずに、ただひたすらに席について待っているしかなかった。


「どしたの。そんな顔して。そんなに早く中身が知りたいの? 千花は本当にホラーが好きだね」


 私と沙羅以外の誰もいなくなった教室の中で、一体私はどんな顔をして待っていたのだろう。


 ようやく帰り支度を終えた沙羅は、振り返って私の机の上に両手でほおづえをつき、にんまりと笑う。

 おそらく世の男子高校生がこの沙羅の姿を目の当たりにすればコロリと落ちるだろう。

 女子の私でもドキドキする。


 しかし騙されてはいけない。


 この笑顔をする時は、何か恐ろしいことを企んでいる時なのだ。


「嫌いだって言ってるでしょ。でも気になるものは気になるから、ハッキリさせたいだけよ! もったいぶらないで早く出しなさい」


 どうしていつもこうなるのだろうか。


 気がつけば私から催促している。


 テレビでよくある、いいところでCMに入る時よりも続きが気になって仕方がない。


 まあまあと言いながら沙羅が立ち上がり、教室の周りに誰もいないことを確認して教室の出入り口を閉めた。


 途端、閉鎖された教室が薄暗い空気に包まれた気がした。

 締め切られた窓から微かに聞こえてくる部活の音が、恐怖を煽る。


「他の人が見ちゃうと先生に没収されちゃうかもしれないからさ」


 先生の身にもなってやってほしい。


 どう考えても気持ち悪いミイラのような物体を没収なんてしたくないはずだ。


「ではでは、お待ちかね」


 再度、沙羅が私の机の上に黒いナイロン袋を置いた。


 相変わらず袋の中身が机に接触する時に嫌な音がする。


 袋の結び目を解いて袋の中に手を入れて、白いナイロン袋を掴んで取り出した。

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