8-4.end
十分後。
「さあ、ここが魔王城です」
「随分とご近所だな……」
眼前に立ちはだかるは闇を従える魔の根城。強烈な暗黒の存在感を放つこの城塞こそ……。
―伊勢四葉生命魔王城―
「名前なんかおかしくない!?」
「ネーミングライツですよ」
「ネーミングライツ! 野球場や劇場じゃないんだぞ!」
「今どきどこでもやってますよ。経営難ですから」
「こっちも景気悪いのか……」
いよいよ魔王城の城門にたどり着いた。分厚く、高い城壁が立ちふさがる。
「これ、どうやって入るんですか」
「あれを使いましょう」
天子の指さす先は、門の脇。壁にスイッチのようなものがついている。
ポチッ ピンポーン
「あ、どうも~。消防署の方から来たんですけども~。開けてもらっていいですか~?」
少々の間の後、大きな地鳴りをあげて門の扉が上がる。
「防犯意識低いな!」
「さあ。行きましょう。この先に魔王が待っています」
勇者達は、魔王城の深い闇の中に足を踏み入れる。
中に入るとすぐに大広間だった。奥がかすんで見えるほどの広さ。見上げれば天井が見えないほど高い。豪華な装飾はミエの城にも劣らないほどだ。
魔王の玉座はそこにあった。
「よくぞ伊勢四葉生命魔王城においでなさったな。都市伝説の勇者よ」
魔王が玉座から立ち上がる。なんとも恐ろしい風貌。放たれる威圧感に身がすくむ。
だが、こいつを倒さなければミエの国の雇用に平和は訪れない!
「魔王! 恨みはないが討ち果たさせてもらうぞ!」
威勢よく啖呵を切り、羽子板を構える。いまいち画にならない。
「フハハハハ。こちらからいかせてもらうぞ」
魔王が纏ったマントを翻し、魔力をまとった腕を振りぬく。魔力の衝撃波が刃となって駆人に襲い掛かる!
駆人は床に倒れこみ、寸でのところで身を躱した。
しかし、避けた刃は運悪くテンコの下へ飛んでいった。
「ギャアアア!」
刃が直撃し、テンコの首がすっ飛ぶ! これには魔王もドン引きだ!
「テンコ姫ええええ!」
叫んでいる間に、どこからか派手な衣装を着た女性が何人か現れた。女性達はテキパキと手際よく、テンコの体と、離れてしまった首をそれぞれ箱に詰める。
「あ、もうお葬式の準備するの。準備いいですね」
今度は体の入った箱を縦にして、その上に頭の入った箱を置く。
すると、辺りが暗くなり、スポットライトが重ねられた箱を照らし、ドラムロールが響き渡る。
ドルルルルルル……
「じゃーん!」
掛け声と共に箱が開いて、中から登場したのは元の姿のテンコだ!
「やっぱり奇術師じゃないか!」
箱から出て来た天子は、万雷の拍手を送る満員の観客と魔王に向けて手を振っている。
ついていけない駆人が呆けながら眺めていると、歓声を浴びながら大広間を練り歩くテンコがチラチラと目で合図を送ってくる。
「あ、そうか。魔王、覚悟ー!」
ニコニコと笑いながら指笛を吹く魔王の頭を、羽子板でひっぱたく。
「ウギャー!」
恐ろしい悲鳴をあげて魔王は地に伏した。勇者の勝利だ。
「魔王死せども自由は死せず……」
「ん? なんかまずい方に味方しちゃった?」
「いえいえそんなことはありません。作戦の勝利ですね。勇者様」
「あの奇術も作戦だったのか……」
目的を果たした二人は、魔王城を後にした。重苦しい空気は魔王と共に消え去り、ミエの国は穏やかな空気を取り戻した。立ち込める暗雲も消え、明るい光が台地に降り注ぐ。
ミエ城までたどり着くと、再び謁見の間に通された。
「ああ、よくぞ魔王を討ち果たしていただきました。これで雇用も改善、出生率も向上。この国の未来は安泰です」
「そ、そうなのか?」
「そういえば、成功の暁には報酬を与えるという話でしたね。クウコ、あれを」
テンコが手を叩くと、いかにもなメイドさんの恰好をした空子そっくりの従者がなにやらカードのようなものを盆に乗せて持ってきた。
「この城の年間パスポートです」
「報酬ってこれかよ!」
「この王国ではいくらお金を積んでも手に入らないものですよ。どうぞお受け取りください」
「そりゃ金払うだけでお城入り放題になったらまずいでしょうけど……。この世界に留まるつもりはないので、そんな物もらっても困るんですけど」
「それならこのお城の命名権を」
「このお城もネーミングライツやってんの!?」
「どこでもやってると言ったではありませんか。さあ、どちらにしますか」
正直どっちもいらない。
「それじゃあ、記念に年パスもらって帰ります」
「そうですか。それでは元の世界へのゲートに行きましょう」
テンコに連れられてきたのは、最初にこの世界に来た時の深い森。あの場所の近くに泉があり、それが異世界同士をつなぐ門になっているのだとか。
「魔王亡き今、この泉も力を取り戻し、あなたのいた世界へ帰ることができるはずです」
「短い間ですがお世話になりました。来た時は暗い場所に思えましたけど、晴れてみればなかなかいい場所ですね」
「ええ。あなたがこの世界に光を取り戻してくれたのですから」
テンコは、泉の縁に立つ駆人に向き直り、にこりと笑う。
「これが本当の『伊勢界天晴』。なんちゃって」
「おい、別れの言葉がそん、もがもが!」
言い終わるより早く、天子のラリアットが駆人に直撃し、泉に沈められた。
「さようなら、都市伝説の勇者様……」
遠ざかる意識の中に声が響く……。
「ハッ! ここは!」
思いきり体を跳ね起こし、周りを見渡す。畳敷きの床、開け放たれた障子に吹き抜ける爽やかな風。ここは……、神社? いつの間にか眠っていたのか。
「おお! カルト! 目が覚めたか!」
テンコが走り寄って来た。今度は本物の天子だ。本物?
「あれ? 僕はどうしてたんだっけ」
「急に倒れたもんだから驚いだぞ。中に運び込んで医者に診てもらったんじゃが、軽い熱中症だそうじゃ」
「そうだ、羽根突きをやってて……」
額を触ると少し痛い。羽根が当たった場所にこぶが出来ているようだ。
「いやはや。悪いことをした。お詫びとしてソフトクリームを買って来たぞ。一年分な。食べるか?」
「そんなに!? じゃあ、いただきます……」
ぺろぺろとソフトクリームをなめていると、何となく手の中に空虚感を覚える。
「あ、そうだ。あの羽子板はどうしたんですか」
「あれはのう。お主が倒れたのを空子に見られて『こんなものは封印します!』とか言って、また押入れの奥じゃ」
「そうなんですか……」
ほんのさっき、ちょっと触っただけのはずなのに、何か大事なものを失ったような、そんな感じがする。
「その代わりこんなものを見つけた!」
天子は大きな箱をちゃぶ台に乗せて駆人に見せつける。
「『誰でも簡単マジックセット』?」
「そうじゃ! 早速やってみるぞ! お主、切断マジックの実験台になれい!」
「やっぱり奇術師じゃないか!」
障子から覗く空は、いつの間にかどこまでも晴れ渡っていた。
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