8.イセカイアワー~都市伝説勇者譚~

8-1.イセカイアワー~都市伝説勇者譚~

 駆人はいつものように神社の居間で寝転がって漫画を読んでいた。

 最近はもはや神社に来るのが日課になっている。驚くほど身近に潜んでいた非日常も、今では完全に日常だ。

「カルトー。羽根突きやろうぜー」

 ただ、この化け狐の突飛な言動になれることはないと思う。

「は、羽根突きですか」

「そうじゃ。懐かしいものを見つけてのう」

 ニコニコ顔の天子は両手に一枚づつの羽子板を手にしている。隣の部屋でごそごそと押入れをあさっていたと思ったら、そんな物を探していたのか。

 はっきり言って気乗りはしない。わざわざこの暑い中運動をするのは厳しいし、今は漫画を読むのに忙しい。渋い顔を以って答えとする。

 ただそこで引き下がる天子ではない。「いいじゃないか、やろうよやろうよ~」などと騒ぎながら駆人の周りをドタバタと回る。ほこりがたつからやめてほしい。

「分かりましたよ。やります」

 遂には根負けしてそう返事をすると、天子がさらに笑みを深くする。

「おお。それなら炭も用意せんとな!」

 そこまで本格的にやるのか……。


 天子はウキウキと、駆人はシブシブと神社の参道脇の空きスペースに出て来た。空には厚く雲が張り、日は出ていないもののむしろじめじめとした不快な暑さを感じる。

「さてさてカルトよ。どちらの羽子板がいいかのう?」

 天子が見せる二枚の羽子板には違う絵が描いてある。どちらも女性だが、片方は金髪、もう片方は銀髪。両方とも見覚えがある。

「もしかしてこれ、天子様と空子さんですか?」

「そうじゃ。昔記念に作ってもらってのう。さあ、どちらにする?」

「じゃあ、天子様の方で」

「お、なんじゃなんじゃ。やっぱりわしがいいか。愛い奴じゃのう。うりうり」

 その天子の羽子板で脇腹を突っつかれる。それを奪い取るように受け取った。

「空子さんの顔で羽根を叩くのは心苦しいですから」

「おい、どういう意味じゃ」


 カン カン

 最初のうちは駆人が頻繁に羽根を落としていたが、しばらくやるうちにまともなラリーが続くようになってきた。

「お主、なかなか、やるのう」

 カン カン

「こういう、この先使わない、であろう技術の、習得は、早いんです」

 頬に描かれたバツ印を歪ませながら羽根の行方を追う。

「なるほどのう。では、こちらも、本気を出さねばな!」

 天子からの羽根は駆人の届くぎりぎりの所、腕を目いっぱいに伸ばして体勢を崩しながらなんとか返した。しかし、その羽根は高く上がる。

「絶好球じゃな! スマーッシュ!」

 天子が上体を大きくのけぞらせ、思いきり羽根を叩く。

 放たれた豪速球は、未だ体制を整え切れていない駆人の額に直撃した。

「あ、すまん。大丈夫か」

 視界に星が舞う。もやがかかったように目の前が白くなっていく。心配そうな天子の声も徐々に遠くなっていく……。

「カルト!カルト……!カル……。……。」

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