7.バケーションアワー~都市伝説甲殻譚~

7-1.バケーションアワー~都市伝説甲殻譚~

 真夏も真夏の真っ盛り。連日のように猛暑日が続き、どこもかしこも陽炎が立つほどの厚さに包まれている。

 いつもは涼しい風が通り抜ける神社も例外ではない。太陽からの連日の熱を蓄えた地面は、朝から灼熱の空気を放出している。

 こうなってしまえば神社に住んでいる化け狐姉妹としてはたまったものではない。いつもだらしのない格好の天子はともかく、空子までもが薄着になっている。

「暑いです……」

「暑いのう……」

 もうその言葉しか出てこない。体が溶けるのも時間の問題だと言わんばかりにだらけきっている。何をするでもなく暑さに耐えていると、玄関の扉が開く音。

「おはようございまーす。うわ暑い」

 駆人がいつもの調子でやってきた。涼を求めにやってきたのだろうが、期待外れもいい所だ。部屋に入るなり顔をしかめた。

「暑いですね~」

「エアコンつけないんですか?」

「設置を検討せねばならんのう」

「そもそもないんですか。気をつけないとダメですよ。トシなんだから」

「なんじゃと」

 しかし暑さで怒る気も起きない。駆人も来て早々にだらけ仲間に加わった。

 客が来たところで暑さは解決しない。むしろ人が増えて増したようにすら感じる。三人は口数も少なく流れているテレビを見るばかり。

 テレビには情報番組流れている。カメラが映すのは人でごった返したプールや海水浴場など。どこもかしこも涼を求める人の波。

「海か~。いいのう。誰もいないビーチで泳ぎたいものじゃ~」

 畳の上で泳ぐ真似をしながら天子が呟く。

「いいですねえ。ひょんなところひょうひょうないでひょうけど……」

 空子はちゃぶ台にへばりつきながらしゃべる。ほっぺが張り付いているのでしっかり発音できていない。彼女は普段はこういう姿をあまり見せない。よほど暑さがこたえているのだろう。

 それからしばらくして、また玄関扉の開く音。それから元気な声も。

「うーす。邪魔するぜ」

 ぽん吉だ。しかしその出で立ちはなかなか奇妙。頭に水中眼鏡をかけ、腰には浮き輪を構えている。それで歩いてきたのだろうか。

「よう、駆人。海行こうぜ」

「海って遊びにですか」

「いや、仕事だ。ちょいとバイトをしてもらおうとな」

「はあ。天子様、構いませんよね」

「海じゃと!」

 海と言うワードに反応した天子が飛びついた。

「おう。知り合いに海の家の手伝いを頼まれてな。穴場スポットで客はあんまり来ないんだが、まあこの暑さだ。いつもよりは来てるってんで手伝いを頼まれたんだ」

「穴場……。それはいい! カルトが行くならわしらも行くぞ! 空子、海水用の準備じゃ!」

「はい!」

 二人は今までだらけていたとは思えないスピードであっちへこっちへ必要なものをかき集め始めた。

「お前も水着くらいは用意しとけ」

 ぽん吉はどことなくしたり顔。何か考えがありそうだ。


 神社の最寄り駅から電車で数十分。ついた駅から歩くこと数十分。きれいな砂浜が見えてきた。そんなに広くもないが、客も多くない。十分に泳いで遊べそうだ。砂浜の脇には磯も広がっていて、磯遊びもできそう。まさに穴場と言った雰囲気。

 駆人は海の家の外に臨時に増設された屋台の鉄板を任された。まだ昼前という事もあって客はぽつぽつ。手持無沙汰に海を眺めていた。

「ぐへへ。眼福眼福」

 いつの間にか海の家の中で手伝いをしていたぽん吉が下品な表情を浮かべて隣に立っていた。視線の先をたどってみると、天子と空子が波打ち際ではしゃいでいた。

「なるほど。目的はあっちでしたか」

「おうよ! 人手が足りないというのは事実だが、お前を誘えばあの姉妹もついてくる。まさに一石二鳥って訳だ」

「なるほど。僕を出しに使ったわけですね」

「それについちゃすまないと思っているが、あれを見てみろよ。空子さんの水着姿なんて相当レアだぜ。それに天子の奴もあれでなかなかいい体してるぜ」

 なおも下心満載で品評を続けるぽん吉を、建物の中から主人が呼んだ。仕事中に抜け出してきたらしい。

「なあ、中と替わってくれよ」

「いやです」

 ぽん吉は恨めしそうに駆人をにらみながら渋々と中に入って行った。

 それからはまた手持無沙汰タイム。だが、確かにぽん吉の言うことは間違っていないかもしれない。

 空子は言わずもがな、天子も普段の言動の年寄り臭さとハチャメチャな性格のせいで忘れがちだったが初対面の印象は美人だった。遠目で眺めている分には実に……、良い。これくらいの役得は許されるだろう。駆人はなるべく表情に出さないように努力しつつ、はしゃぐ二人を眺め続けた。


 流石に正午を過ぎると多くの人が昼食を求めて海の家にやってきた。大量の焼きそばを作っては渡し、作っては渡し。目が回る忙しさ。

 小一時間もやっていると、漸く人の波が捌け始めた。やっと一息。

「ようやっちょったな」

「お疲れ様です。駆人君」

 そのタイミングを見計らって、水着の上から薄い上着を羽織った化け狐姉妹がやってきた。

「お疲れのところ悪いが、わしらにも焼きそばをくれ」

「あいよー、焼きそば二丁」

 手際よく二本のへらで麺と具材を炒め、ソースを絡めて焼きそばを完成させる。

「おお、なかなか上手いものじゃな」

「今日だけで慣れました。はい、お待ちどお」

 透明なパックに入れた焼きそばを二人に手渡す。

「んん~。美味しい! 駆人君焼きそば作るの上手ですね」

「それに海を食べながら食べると一入じゃなあ~」

 特別な作り方はしていないが、褒められるとやはり嬉しい。

 そこに、建物の中からぽん吉がやってきた。

「よう駆人。今いる客が捌けたら休憩にしていいそうだぞ」

「おお。それはいいのう。お主らも一緒に遊べ」

 休憩だと言っているのに。

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