4-2.

 神社裏手の家に入った駆人は、天子に命令されてお茶を用意させられた。仮にも客なのに。それを居間に運ぶと、戦々恐々の体で正座する栞と、ちゃぶ台を挟んで反対側にリラックスして胡坐をかく天子。

「ご苦労じゃったな。お主も座れ」

 どこに座るべきだろうか。天子側に座った方が良いのだろうか。

 と思ったが、栞が助けを求める目で見つめてきたので、栞の近くに腰を下ろす。

 そこで栞に天子から一通りの説明。駆人がうけたものと大体同じ物。お化けや妖怪が実際に存在すること。天子が二二一歳の化け狐であること。都市伝説による事件が起こっていること……。

 あまりに突飛な話に栞は理解がついていかず、少々混乱しているようだ。それを見た天子は彼女に時間を与えるために駆人に話を振った。

「お主らは同級生ということじゃったな。そんな身近に霊感を持つ者が二人おるのも珍しい」

「そうなんですか」

「ああ。霊感を持つ者は数千人に一人おるかおらんか……。学校で例えれば一人もおらんでも全然おかしくはないからな」

「あれ? そんなに少ないんですか?」

「相当偶然じゃ。良くも悪くもな」

「ふうん……」

 そこまで話すと天子はちゃぶ台の上の茶菓子を食い切り、茶を飲み干して駆人におかわりを要求した。遠慮がない。

 駆人がそれを用意して戻った時、漸く事態を飲み込み始めた栞が恐る恐ると言う感じで口を開いた。

「七生君がその怪奇ハンター? の仕事を手伝ってるって言うのは本当なの?」

「うん。まだそんなにやってないけど」

「それって危なくないの?」

「この間は死にかけたけど……。まあ、なんとかなったかな」

 そこまで聞くと、また栞は黙り込んだ。何かまずいことでも言っただろうか。

「あの、それって私も手伝えないかな」

 やっと口を開いたと思ったら、とんでもないことを言い出した。

「ちょっと! 今までの話聞いてた!? 危ないって言ってるじゃあないか」

「そうじゃぞ。危険が伴うんじゃ。人手が足らんからと言ってそうそう他人に頼むわけにはいかん」

 天子も続く。が。

「ん? でも、僕は天子様からスカウトされましたよね?」

「お主の場合はわしと初めて会った時に共に都市伝説を倒したじゃろう。あれで奴らに目をつけられたのじゃ。だから、お主の場合はわしらの近くにおってもらった方が良い」

 暇なら神社に来るようにと天子に言われていたのはそういう事だったのか。夏休み暇な人間でよかった、と駆人は息をついた。

「じゃが、シオリよ。お主の場合は別じゃ。まだ都市伝説と遭遇したわけではないじゃろ。わざわざ首を突っ込むことではない。今のところはこやつがおるから大丈夫じゃ」

「……」

 栞は口を開こうとして、しかし心配そうに自分を見る駆人の目を見て留まる。

 そんなことが何度か続いて充満した沈黙を、天子が咳払いで打ち払った。

「ま、そういうことじゃ。この神社にも来るなとは言わんが、用がなければなるべく近づかん方がいい」

「……、はい」

 まだ何か言いたそうな栞を、天子の目で押さえつけた。この人が鋭い目をするとすごく怖い。


 二人が神社を出るころには外はすっかり暗くなっていた。住宅街の中を、栞の家へ向けて二人は歩く。天子の言いつけで駆人は栞を送っていくことになった。大した距離ではないのだが、最近物騒だからと。

 こんな時間になったのはすっかり話し込んでいたから。天子の話は面白いが少々長い。ただ、栞はそういった話に耐性が無いようで顔を青ざめさせていた。

「なんだか怖い話ばっかりだったけど……」

 しばらく歩いたところで栞がおもむろに口を開いた。

「七生君は無理やり手伝わされてるわけじゃないんだよね?」

「うん。誰かがやらなくちゃいけないことみたいだし」

「それに天子さん美人だし?」

「うん。……、え?」

「冗談だよ。でもよかった。変わってなさそうで」

「?」

 駆人は確かに栞とは面識がないはず。だが彼女はこちらを知っているように話す。どこかで会ってはいるが憶えがないのだろうか。それは失礼のような気がする。何とか思い出したいところだが……。

 そこからはあまり会話もなく歩いていたが、公園の前を通りかかったところで、ふと栞が足を止めた。トイレに行きたくなったらしい。そういう事なら仕方ないと、駆人は栞を見送ってその辺で待つことにした。


 栞は速足でトイレに入った。駆人をあまり待たすわけにはいかない。

 しかし、個室に入ったところで紙がないことに気が付いた。それでは困るので、予備の紙がないかと外に出ようとしたら……。

「紙が欲しいのか?」

 個室を出たすぐの所に中年男性が立ちふさがっていた。

「ひぇ」

「赤い紙がいいか、青い紙がいいか」

 その男は唸るような声で栞に問いかけた。

「ひゃああああああ!」

 栞が絹を裂くような悲鳴をあげる。その数秒後、駆人が顔を覗かせた。

「何かあった?」

 いつもならもう一つ悲鳴をあげるところだが、状況が状況だ。

「こ、この人がいきなり入ってきて……」

「赤い紙がいいか、青い紙がいいか」

「って、言って動いてくれないんだけど……」

 その男は両手に一巻ずつ色の違うトイレットペーパーを持ち、女子トイレの領域内だというのに堂々とした佇まいで栞の進路をふさいでいる。

「ど、どうしよう。警察を呼んだ方がいいかな」

 栞の声は震えている。

「いや、この気配は都市伝説だね」

「都市伝説!?」

 更に顔を青ざめさせた。

「じゃ、じゃあ、どっちか選んだら帰ってくれるかな」

「こいつらの口車に乗るのは良くない。とりあえず……」

 駆人は男子トイレの方から予備の紙を持ってきて栞に手渡す。

「これを使って」

「うん。でも、こいつがいたら……」

「……。あの紙を持ってきたから、こっちの紙がなくなっちゃったな~」

 駆人がわざとらしく状況を声に出す。男はそれに反応して駆人の方を向いた。

「紙がないのか? 赤い紙がいいか、青い紙がいいか」

「よし。こいつは僕がひきつけておくから、用が済んだ後でいいから神社に行って天子様を呼んできてくれる?」

「え、でも、駆人君は……」

「安心して。大丈夫だから。まあ、なるべく早く来てほしいけど」

 そう言い残すと、駆人は男と共にトイレから離れていった。

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