色調は桜色で

けい

プロローグ 〜僕の最後の作品〜

 あの日の屋上。

 夕日に染まりきった真っ赤な世界で、僕は先生への恋心に溺れることになった。

 あの時撮った先生の写真は、今までのどの作品よりも美しくて、それでいて僕の心を締め付け続けた。

 先生の唇の感触は思い出せず、ただその時の驚きと、少しの切なさだけを僕に残した。


 僕──芦屋 茜は先生である天羽 倫子に恋をしたんだ。


 あの日から先生は学校で見なくなり、一週間もして学校から休職であると発表された。

 僕は事情を直接伝えられたから別段驚くことは無かったけれど、ただ「もう一度会いたい」という気持ちは残り続けていた。

 せめて連絡先でもと、色んな先生に話をしてみたものの、先生方の中でも詳しい事情は伝わりきって居ないようで、結局先生とは連絡が取れない日々が続いた。

 それでも写真部へは毎日のように向かい、日々色んな写真を撮るようにしていた。

 そして、進級した三年の春。市の小さなコンクールで入賞した時は飛んで喜んだ

 入賞した僕の作品を先生が見に来ているかもしれないと、期待を込めて会館に向かうも、先生の姿は見えなかった。

 落胆したが、先生がいつか見に来ると信じて僕は写真を撮り続けた。


 夏に入り、受験勉強が本格化する中、僕は部活最後の作品を秋のコンクールに出すために考えていた。

 夏休みは殆どが勉強に費やす羽目になったこともあり、休み明けは焦りと戦っていた。

 高校生活最後の作品。

 『誰』に伝えたいか。その一点は僕が悩み続けたものだったけれど、今回だけは既に決まっていた。


 僕は、最後の写真を天羽先生に贈りたい。


 僕の中にある気持ちを出来うる限り伝えたい。


 それを心に留めながら、毎日シャッターを切っていた。

 残暑の中、汗をタオルで拭いながら、扇いだスカートで涼を取りながら。

 ひたすらにレンズ越しの世界を見続けていた。

 天羽先生に、追いつきたい。

 彼女と同じ世界を見てみたい。

 そして、できることならその隣に居たい。

 そう考えると心がこそばゆくて、頬も熱くなってしまうけれど、それが僕のモチベーションだった。

 残暑はその熱を急激に冷やし、秋の訪れを感じさせる頃だった。

 運動部の代が変わり、新人大会が開かれる頃、僕は一枚の写真を撮ることが出来た。

 ある運動部の子の写真だ。

 その部活では先輩の引退試合があり、僕はそこにお邪魔した。

 新チームと旧チームがぶつかり合う中、何度もシャッターを切った。

 結果は新チームが僅差で勝ち、先輩達は負けたのにどこか嬉しそうだった。

 その時、僕が目を惹かれて撮ったのは新チームのキャプテンの子だった。

 試合終了のホイッスルと共に彼は立ち尽くしていた。

 彼の体を流れる汗の量が、彼のこの試合への想いを表していた。

 しかし、彼は嬉しい顔でも、悲しい顔でもなく、ただ目の前の結果に呆然としていた。

 壁を越えた。

 目標を越えた。

 きっとあの瞬間、新チームのメンバーの多くがそう思っていたんだと思う。

 実際に彼らは喜んでいた。

 でも新キャプテンの子だけは違うと感じた。

 彼は感じていたんだと思う。今超えたのはスタートラインだということに。

 そしてスタートを切った瞬間に目の前の壁が見えたんだ。

 途方もなく高い壁に。

 それをチームを背負って登っていくのだと感じていたはずだ。

 だからこそ僕はシャッターを切った。

 整わない息と、流れ続ける汗が彼の目を本気にさせる瞬間を。

 立ち向かうと、背負って進むと決意した顔を。




 この写真が僕の高校生活での集大成になると、確かに感じていた。



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