転生したら侯爵令嬢になっていたので、前世の推しに庇護されつつ騎士を目指します

にゃら

プロローグ 事故

「はーリョウくんとのデート楽しかった~!

 あっ、お姉ちゃんごめんねー、毎回迎えに来てもらっちゃって」


「いや……」


「でも別に良いよね? お姉ちゃんいっつもヒマそうだし。やることなんて私のお迎えくらいしかないでしょ?」


 反応を伺うようこちらを覗き込む妹を無視して、私はハンドルをギュッと握り直す。今日は雨で視界が悪いから、しっかり集中しなくちゃいけない。



「あっ、無視するんだ、カンジ悪ーい。

 そんなんだからいつまで経ってもカレシ出来ないんだよ?」


 男性関係のマウント。いつもの流れすぎて欠伸が出てきた。集中集中。


 妹がこんな感じなのはいつものこと。特に気にすることもないので、ラジオの声に耳をすます。ちょうど、男性のパーソナリティが恋愛相談に答えているところだった。



 生まれてから一度も彼氏ができたことがありません。友達から遅れている気がして不安です。どうすれば彼氏ができますか。


 お手紙ありがとうございます。うーん、特に気にすることはないと思うよ。そういうの、人それぞれだしね。



「……ふーん、恋愛相談。お姉ちゃんには縁のない話だね。つまんないでしょ? 変えてあげる」


 頼んでもいないのにチャンネルをカチカチと回す妹の横顔を見て、私は小さく溜息をついた。



 私と妹は仲が悪い。


 私は別に妹のことが嫌いではないのだが、どうやら妹はそうでないらしい。


 事あるごとに突っかかってきては自分と私を比較して笑い、そして帰って行く。今みたいにアゴで使われることもしょっちゅうだ。


 この前は一緒にいたらしい男の子(リョウくんとは別の子だ)に向かって「これが私のお姉ちゃん。私が呼んだらすぐ来てくれるのよ」などとのたまっていたので、どうも私のことをタクシーか何かだと勘違いしている節がある。

 私は私で確かにヒマなので、ひょこひょこ迎えに出て行くわけだから、妹がそう思うのも無理はないわけだが。いやあるか。



 そんな妹が得意とするマウント話題は、男性関係について。



 自慢じゃないが、私は生まれてから一度も彼氏というものができた試しがない。

 逆に、妹の側にはいつでも男の子がいる。取っ替え引っ替えでもしているのか、一緒に遊びに行くのはいつも違う男の子だ。


 我が妹ながら彼女はとても可愛らしい外見をしているので当然といえば当然だが、別れ際ニコニコしている男の子たちが不憫に思える時がある。



「……お姉ちゃん、まーた新しいマスコット買ったの?」


 前方に気をつけつつ横目で見ると、ダッシュボードに飾ってあった私の最推し、『ギルバート・ライオンハート』のちみキャラ(所謂マイクロフィギュアのことだ)を妹がつまみあげていた。


「マスコットじゃない、ちみキャラな」


「どっちでもいいわよそんなの!

 もう、アニメ? ゲーム? ……だかにうつつ抜かして。そんなに良いの? このギルなんちゃらとかいうヤツが」

「ギルはいいぞ!!!!!!!!!!!!!!」


「ひぇっ」



 食い気味に声を張り上げると、妹は助手席の上で小さく跳ねた。


 推しの話になると、どうも声が大きくなってしまっていけない。

 私は昂ぶりかけた気持ちを鎮め、今度はゆっくりと


「ギルバートは、いいぞ……」


と言った。



 ギルバート・ライオンハートは、乙女ゲーム『ギルデロイ・ティアーズ』に登場する攻略キャラクターの1人である。


 ギッと引き締まった精悍な顔立ちに、赤みがかった短い頭髪。見たものすべてを射抜くようなロイヤル・ブルーの鋭い相貌は、ただ主人のみを見つめている。騎士団長の名に恥じぬ剛健な体躯はいつでも王の盾と化せるように常に鍛えられている。


 外見通りの堅物マンで、兎にも角にもクソ真面目。真面目が過ぎてたまに真っ直ぐなトンチキ言動を見せることがあり、度々周囲のキャラクター(とプレイヤー)を困惑させている。

 要するに、ギルバート・ライオンハートは大変可愛い男であるということだ。



「ま、まあとにかく。ちょっとは現実にも目を向けなさいよね。たまには私と一緒にーー」



 それは突然のことだった。



 妹の言葉は甲高い悲鳴に変わり、やがて激しいクラッシュ音にかき消された。車体が大きく跳ね上がり、地面に叩きつけられてひしゃげる。

 何があったのかはわからない。ただその時、「死ぬのだ」ということだけがはっきりと感じ取られた。


 後からわかったことだが、私たちは12台を巻き込んだ交通事故に遭ったらしい。

 目を灼くような強烈な光は、事故の原因となった大型トラックのそれだったようだ。



 頭がガンガンする。


 頬を伝う血の生温さと、腕を掴む妹の手の冷たさだけが近くにあった。

 漏れ出すガソリンの匂いとパトカーのサイレンを遠くに聞きながら、私は最推しの姿を探す。


 最期に見るのは彼の姿でありたい。


 今際の際のオタク根性に、思わず変な笑いがこみ上げた。


 どこだ。彼はどこだ。


 失血による眠気が襲ってくる。

 しかし彼はまだ見つからない。


 そうこうしているうちに、瞼はどんどん降りてくる。



 もう、耐えられない……。



 朦朧とする意識の中、私はゆっくりと目を閉じてーー。

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