第24話 ボス的胃舌背

【Error 該当のモンスターをこの場所に呼び出すことは出来ません。広い場所を指定してください】


 マイルームの脱衣所、ようは今宴会している場所に呼び出そうとしたら、システムに拒否された。

 いきなり出鼻をくじかれた形だ。


「そのモンスター、大きいって書いてるじゃないですか。さすがにここじゃあ無理ですよ」


 イリスが脱衣所を見回しながら、呆れたような声を出した。

 ふむ、確かにそんなに広いわけじゃない。いや、ちょっとした銭湯の脱衣所くらいの広さはあるんだが、それじゃまだ狭いって事だろう。

 おまけに今は散らかってるしな……。ムリアン達がせっせと片付けてはいるが、きれいになるにはちょっと時間がかかるだろう。

 って、イリスは何で座ったままなんだよ! 片付けるんじゃなかったのか?

 ……まあいいけど。


「とは言えマイルームじゃなくてダンジョンに呼び出すのはなぁ。最初くらいはちゃんと顔見てコミュニケーション取りたいし……」

「それなら浴室の方はどうですか? そちらなら脱衣所よりは広いですので、もしかしたら大丈夫かもしれません」

「そうだな……」


 なるほど、このマイルームはトイレ付き介護用大型ユニットバス。あくまでメインは風呂の方だもんな。洗い場だけでも向こうの方が広い。おまけに向こうには基本何も置いてないし……。

 ま、とりあえず試してみるか。

 ……ふむ、調べたところ洗い場であれば呼び出すことが出来そうだ。

 

「大丈夫そうだから、洗い場の方に呼び出すぞ」


 タブレットを操作し召喚の手はずをする。するとモザイクガラス越しに風呂場が輝くのが見えた。

 ……ああ。そう言えばイリスが現れた時も魔方陣みたいなのが現れたな。もしかしたらユニークモンスターの召喚の際はそんな演出があるのかもな。

 そんなことを考えている間に召喚は終わったようで、今度は磨りガラス越しに見えるのは大きな黒い影だ。


「よしよし、無事に召喚できたようだな。それじゃあご尊顔を拝しに行きますか」


 がらり。浴室の扉を開けるとそこには窮屈そうに体育座りをする巨大なミノタウロスの姿があった。

 座っていてなお頭からせり出し立つのが天井に届きそうで、ミノタウロスは当たらないように背中を丸めている。

 縮こまるその姿はちょっとかわいい。でも……、


「大きいな……」


 思わずそんなつぶやきが漏れてしまう。そんな俺のわきをイリスがツンツンとつつく。


「マスター、とりあえず自己紹介をしなくていいんですか?」


 おっとそうだ。あっけにとられて忘れてたわ。

 ええいイリス、その「やれやれ、これだから」みたいな顔して肩をすくめるのをやめろ。

 仕方ないだろ。今まで呼び出したモンスターと違って、圧倒的にスケールが大きいんだから。


「えーっと、俺はここのダンジョンマスターで穂良賀道夫という。君がミノタンロースでいいんだよな?」

「ぶもっ」


 ミノタンロースはそうだと言わんばかりに頷こうとして、天井に角をぶつけそうになった。


「ああー、ストップストップ。そんなに動かなくていいぞ。天井に当たる」

「もっ」


 ミノタンは済まなそうに背中を丸めた。

 ドジっ子かよ! まあいいか。


「いや、こっちこそこんな狭いところに呼び出してごめんな。とりあえず最初くらいは顔を合わせようと思ってな」

「んも」


 ミノタンロースは気にするなと小さく首を横に振った。


「そっか、助かる。それじゃあ早速聞きたいんだがミノタンロース、荒事は大丈夫か?」

「もっ…………。ぶもっ」


 ミノタンロースは少し考え込んだのち、小さく頷いた。今回は角をぶつけないように気をつけている。

 うんうん。どうやら大丈夫そうだな。

 いや、例え☆4だとしても戦えない奴がいるからな。一応その辺は確認しておかないと……。

 ついチラリと視線をイリスに向けてしまった。

 察したのか、イリスが影に隠れて俺の背中に手刀を入れてくる。 はっ、戦闘力のないイリスの攻撃なんぞきかんわ……。

 ってやめろイリス、腎臓打ちはガチでヤバい、やめろ。


「も?」


 そんな俺たちをミノタンロースは不思議そうな目で見ている。

 くそっ、イリスのせいで初対面から飽きられてしまったじゃないか!


「何しているんですかマスター? ほら、早くこの子に指示を出さないと」


 手を止めたイリスが後ろから話しかけてくる。

 こ、こいつ。何しれっとした顔をしてやがる。さっきはイリスがちょっかい出してきたから機会を逸したんだろうが。

 あっ、だからキドニーブローはやめろ。わかったよ。

 あー、くそ。俺は腰に手を当てつつミノタンロースに話しかける。


「えっとだな、ミノタンロース。君にはうちのダンジョンのボスをやって欲しいと思ってるんだ。まあダンジョンって言っても侵入者は現状ゴブリンだけだけどな。まあそんなゴブリンでも上位種になると結構強くてピンチに陥ったりするんだ。だから君には最後の砦になってほしい。やれるか?」

「ぶもぅ」


 ミノタンロースは小さく拳を握りながら俺の言葉に応えてくれた。

 よしよし、オッケーみたいだな。


「それじゃあボス部屋を作り次第転送するよっと……」


 そこまで言ったところで大事なことを思い出した。


「そういやミノタンロース、君は何を食べるんだ? できるだけ好みのものは用意しようと思ってるんだけど……」


 とは言え用意できるものにも限りはある。よくあるファンタジーのミノタウロスみたいに肉食かつ大食漢だと、現状それをまかなうのは到底無理だから我慢してもらわざるを得ないんだよなぁ。さて、どうしたものか


「ん~~。んも」


 少し悩んだのちミノタンロースはこちらを指さした。

 え!? ちょっと待って。肉食どころか人肉食なの? それはやめて。

 俺は小さく手を上げふるふると首を横に振る。


「俺、おいしくないよ」

「そうです。おなかを壊すからやめておきなさい」


 イリスも後ろから援護射撃をしてくれる。

 ん? それでもそのかばい方はどうなんだ? それじゃあまるで俺を食べたら食中毒を起こすかのようじゃないか。俺はこれでも前回の健康診断で悪いところはなかったんだぞ。不健康自慢をする同僚が多い中それだけは自慢だったんだ。


「んも」


 俺たち二人の言葉に対し、ミノタンロースは小さく首を横に振った。

 ふむ、どうやら諦めてくれたらしい。

 ……いや、違うか。依然ミノタンロースは指をさし続けている。だがその指先は、よくよく見ると俺ではなく少し下のようにも見える。そちらに目を向けると……。


「ごぶ?」


 風呂場に顔をのぞかせたゴブリンの姿があった。


「ゴブリンか……。それならまぁ……」


 ただまあ、倒したゴブリンはウーズの食事にもなってるから、そこら辺の調整は必要だけど。

 ……大食漢だったりすると厳しいかもな。


「ああ、それなら大丈夫ですよ」


 軽い調子でイリスが言う。彼女の指さす先で、うちゴブが顔をきょとんとさせていた。


「えっ!? こいつを食べさせるの? それはさすがにかわいそうだからやめてあげようよ、イリスさん」

「……はい、そうですね。ミノタンロースにかわいそうだから、ここは我慢しておきます」


 守護が逆になってませんかね、イリスさんや……。


「……小うるさいお調子者は消えてくれればいいのに……」


 イリスはぼそりと続ける。

 ……さっき騒いでたの、まだ根に持ってたのね。


「ごぶぶっ」


 不穏な気配を感じたのか、ゴブリンはぶんぶんと首を横に振る。


「ぶもう」


 そんなゴブリンに、ミノタンロースはゆっくりと手を伸ばした。

 マジかよ、そう言わんばかりに顔をゆがめたゴブリンは、慌てた振り返り風呂場を後にしようとする。

 だがその肩を、イリスがしっかりとつかむ。


「まあまあ、冗談ですからもう少しここにいなさい」


 せまるミノタンロースの手……。


「ご、ごぶう」


 イリスに肩をつかまれたゴブリンは、観念し目を閉じた。


「ぶもぶも」


 ミノタンロースは歯をむき出しに笑い、ゴブリンの腰に手を伸ばし……、そこにあった薬草を抜き去った。


「ぶも」


 そうしてその薬草を口に含み、おいしそうに咀嚼する……。

 ……え? 欲しかったの薬草なの? そんなオレをイリスがあきれ顔で見つめる。


「牙とかなくて臼歯ばっかりなんだから、草食に決まってるじゃないですか」


 ……あ、いや。たしかに見える歯はそうだけど……。そんなん気づかねぇよ。


「え? でも草食なの? その薬草を上げればいいの?」


 オレの問いにミノタンロースは「ぶも」と頷いた。


「まったく……」

 イリスはやれやれと小さく首を振った。

「マスターもゴブリンも何を勘違いしたのかは知りませんが、怖がる必要はないでしょうに……」


 いや、明らかに勘違いを誘導する発言だったよね……。

 行っても煙に巻かれそうだから口には出さないけどな。


「……なにか?」

「なんでもないよ……」


 俺は首を横に振った。


「まあ、これで食事問題も解決したし、ミノタンロースにはこのダンジョンのボスをやってもらうことにしよう」

「ぶもっ」


 ミノタンロースも頷いた。

 今は風呂場に座っているせいもあって迫力もそんなにないが、これがでかい部屋で待ち構えてたら相当な物だろう。


「あ。でも……。武器がないな。素手だとちょっと迫力に欠けるか……」

「それでしたら、ガチャで出たアイテムを装備させてみてはどうでしょうか?」

「ガチャのアイテムか……」


 タブレットを操作する。武器なりそうなのは【棍棒】【鋼の斧】【バールのようなもの】か……。

 イリスもタブレットを横からのぞき込む。


「順当に【鋼の斧】なんかいかかでしょうか」

「……一見良さそうだけど、でもこいつが使うとなると小さくないか?」


 ミノタンロースに視線を移す。座っていて2メートル以上あるその姿、とても普通サイズの武器で間に合うとは思えない。

 前に自分用に【布の服】を待てリアライズしたことがあるが、順当に人間サイズだった。【鋼の斧】がミノタンロース向きのサイズであることはまず内だろう。だというのに……


「装備させればいいじゃないですか」


 そんな風に簡単に言った。


「いや、だからサイズ……」


 オレの言葉にイリスがぽんと手を打つ。


「そういえば言ってませんでしたか……。ガチャ産の武器防具は、同じくガチャ産のモンスターに装備させることが出来ます。その際サイズ調整がされるようになってるんです。ただし一度サイズ調整した品を、度変更することは出来ませんので注意してください」

「ほほう、なるほど。ならその方法は?」


 早く教えてくれよ、、なんて言葉を飲み込みながらイリスに聞いた。


「素直でよろしいですね。方法は、タブレット上でアイテムをドラッグアンドドロップすればいいですよ」


 機嫌良く答えたイリスの言うとおりにタブレットを操作していると、その手を捕まれた。


「ストップ、何をしようとしてるのですか?」

「何って、装備だけど……。これでミノタンロースのサイズに出来るんだろ?」

「マスターはあんぽんたんですね……」


 イリスが肩をすくめている。


「どういうことだよ」

「どうもこうも、ここで装備させたらどうなるか、想像してください」

「あ……」


 辺りを見回す。ここは風呂場、そしてミノタンロースは身を縮こまらせて座るくらいには大きい。


「すまん、確かにマズいな」

「気づいていただけたようでよかったです。ミノタンロース、あなたももう少し待っていてください」

「も」


 ミノタンロースも頷いた。


「マスター、確かダンジョンの改装もすると言っておられましたね。どうせならそちらも一緒に行いましょう。改装プランはありますよね?」

「あ、ああ。一応な」

「でしたら今、敵性勢力もダンジョンにいないことですし、一旦ダンジョンを封鎖して改装を行いましょう」

「え? そんなこと出来るのか?」


 オレの言葉にイリスは指を立てながら首肯した。


「はい、ただしいくつか条件があります。それと厳密に言うと封鎖じゃないですね。ダンジョン内の時間をできるだけ引き延ばして、外からの影響を受けない間に改装するという物です」

 イリスは一息ついて続けた。

「……つまり、改装している間、他の転成者の時間は止まっている代わりに、マスターは動き、その寿命を浪費させていくという事ですね。まあ止まるのはマスターと私以外すべてですが……」


 ……ああ、そう言えば他の転成者がいたな。あとどちらが最後まで生き残るかの寿命も含めたレースだったね。オレの寿命は何もしなければ10年くらいだったか?


「もしかして忘れてましたね……」


 イリスがじとめでにらんでくる。

 ……仕方ないじゃないか、最初さらっと言われただけで、その後はダンジョン造ってたりしてたんだから。すっかり忘れてたわ。


「はぁ……。まあそういうことです」

 イリスは首を振って気を取り直した。

「頻繁に使えるものではありませんが、プランもあるようですし、時間を止めてささっと改装しちゃいましょう」

「わかった、具体的にはどうすればいいんだ?」

「それはですね……」


 イリスの言葉に従いながらダンジョンを改装しはじめた。



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コンテスト用に書いた小説を公開しました


白面は紫黒の猫と共に ~快盗キャスパリーグかく盗めり~

https://kakuyomu.jp/works/16816452219001174670


現代魔法怪盗もので、2章で一旦完結する形で公開しています。そちらもよろしくお願いします。

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