003. avoid

 T字路の左右それぞれからこちらに向かっていた人物達は足を打たれ、平衡が乱された侭その場に崩れる。


 二人を打ち抜いたのは、指定座標に各々直接受信ダイレクトダウンロードされた拳銃。

 それらは一瞬で泡立つように黒い粒子と化し、歪曲空間へと送信アップロードされ、通常空間から消えた。


 うめき、いつくばりながらもなお立たんとする二人を見下ろしながら、彼は猛獣の如き笑い声を漏らす。


「やれやれ、一発じゃーまだかー」


 いつの間にやらその手に握られた一挺の拳銃。

 掌中のそれは受信ダウンロードの名残――粒子の煌めきを見せ、その光輝により銃身が妖しく光る。

 彼は、右床に伏す人物へ迷うことなく銃口を向け、もう一度引き金を引いた。そして軽く首を傾げ、逡巡。だがそれも一瞬のことで、とどめと言わんばかりに更に一発。

 左側は間髪置かず、続けざまに二発容赦なく叩き込む。


「さーて、何人ヤれるかニャー?」


 くるくると拳銃を弄び、くつくつと笑う。


 人気ひとけのない突き当たりから侵入を開始したのは、何もしらみつぶしに進撃する為ではない。

 如何いかに相手をおびき寄せ、効率よく殲滅させるかを考えた結果導き出したルートである。

 幸い、地下・地上間はご丁寧に強力な防音措置がとられているらしく、これ以上に好都合なことはなかった。暴れようが問題ないし、派手にすればする程、同じフロアにいる敵が自分の場所を嗅ぎ付けやすくなる。

 また、機密情報の在処ありか・パンタレイの監禁場所について、最悪全ての部屋を直接訪問せねばならないとは考えているものの、心当たりはあった――歪曲地点の開錠ログイン有効範囲に含まれる部屋である。

 シンジケートの人間が機密情報と予言者プレディクタパンタレイを確保し、組織本部(または他の場所)へ移動するまで自分たちに不利なことは起きないかや、どうすれば順調に事を運べるか等々をパンタレイに予測を強要するであろうことが想定できる。

 となれば、探索すべきは最有力候補の四カ所と、歪曲地点の有効範囲に含まれるエリア。

 特に、最有力候補の内の一つであり――歪曲地点の有効範囲に重なる地下二階のとある部屋にパンタレイが囚われている可能性が高い。


 などと、再度顔を出した眠気を噛み殺しながら考えていると、


「何だ?」


「銃声か?」


 思い思いに驚き戸惑いの声を呟きつつ、騒ぎを聞きつけたらしい組織の人間達が四人、各々左側通路の奥や部屋より姿を現した。

 そして、床に伏す二人の仲間と、飄々ひょうひょうと笑う黒髪茜眼の闖入者ちんにゅうしゃを認めるや否や、警戒の色を最大まで引き上げる。すみやかに各々銃を手にし、発砲。

 腐っても裏の人間と言うべきか、そこまでの手際は恐ろしく滑らかだった。


 鉛の雨霰あめあられが降り注ぎ、床を、壁を穿って行く中、煉はそれを器用に回避しつつ彼らへと向かい疾走。

 黒豹の如き走りの七歩目、力強く踏み切り前方斜め左上へと跳躍。

 その侭左の壁を蹴り、続いて先程よりやや高さを出して、右側の壁に向かって跳ぶ。壁に接した足裏を、即座に踏み締めた。


 ここまでは、自前の運動神経と筋力諸々によるジャンプ。そしてここからは、或る種の反則技だ。

 再び壁を蹴ると同時、彼は物理演算補助構築式プログラムを実行した。作用・反作用に係る変数パラメタを引き上げて実現させるのは、より高い跳躍と長い滞空。

 三角飛びの勢いを殺さぬ侭、煉は、くるりと体を旋回させ宙に踊り出た。それは丁度、床に背を向け、天井に腹を向ける形になる。


 標的が瞬間的に弾道上から消え、唖然とする四人。


 彼らが呆けている一瞬の隙、煉は四人の座標を認識。新たに三挺の拳銃を空中に受信ダウンロード。右手に握った物と合わせて計四挺。

 それぞれから三発ずつ弾が放たれ、合計十二発の筒音がばらけて、或いは同時に鳴り響いた。

 受信ダウンロードされた三挺は、落下するよりも早く“もう役目を終えた”と言わんばかりに粒子の泡となって掻き消える。


 四人が無様にも膝から崩れ落ちると同時に、猫の如くしなやかに着地の姿勢に入る煉。


「はッ」


 と鼻で笑う彼の、その爪先が地面に触れんとした刹那――背後で銃声が轟いた。


 幾ら監視カメラのを奪っているとはいえども、その時集中している場所以外(例えば、典型的に背後など)はどうしても疎かになる。

 そうなれば、普通の人間と何の変わりもない。加えて、視覚拡張故に慢心がなかったかと言えば、それは嘘になる。


 そこを見事に突かれた。気配無く接近し、着地の瞬間を狙う一撃、しゃがむなりして身の高低を変えれば回避能わぬこともないが、中心線――体の軸だけはどうしても変えることはできない。


 故に、中心線を、特に高低に変化を付けようとも動きにくく着地の要となる足下を狙われたのなら、最早被弾は不可避。

 ナノ秒にも満たぬ瞬きの内、煉は辛うじて首と眼球とを動かして背後を捉える。

 スローモーションの如く弾丸が迫り来る中、銃声の主は笑っていた。その首討ち取ったり、と言わんばかりに。


 そして、着弾。


 しかし、残酷なるかな


「な……ッ」


 銃声の主、もとい男が驚きの声を漏らしたのも無理はない。

 確かに、弾丸は煉のふくはぎあたりを捉えていた。しかし、煉は掠り傷一つなくそこに立っている。


 大胆不敵に笑む彼の背後約一メートルで、ばり、と黒い雷光が爆ぜ、赤い縁の黒い六角形が敷き詰められたような蜂の巣ハニカム状の防御壁ウォールが展開されていた。そして、周囲を回転する自動実行オートランの文字。


「まー、相手が悪かったわな」


 言って、照準を合わせながら。

 まるで軽やかにターンするかのように、煉は背後の男へと向き直る。


 揺らめく鬼火の如く尾を引く茜のまなこ、それが男の恐怖心を無性に煽った。奇妙な眼光と銃口を向けられ、再び引き金を引こうとするが震えて引けぬ男。


 その様子をいたぶるような目で見遣りつつ、煉は人差し指に力を込めた。


Und tschüss!それじゃ、さよならだ

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