かくしてこの街に星は降った

大臣

第1話

 どうやらこの街は外様には海が綺麗だと言われているらしい。また、連なる山々も綺麗だと言われているようだ。確かに街の南部にある海は、街の人の食卓と、観光に来る方の料理分の海の幸を運んでくれるし、東部の山も、秋の紅葉、冬の雪化粧と、魅力は多くある。

 しかしながら、そんなものは毎年、毎日のこととなっていくと、日常の一部と化して行き、それほど興味を引くものではなくなっていく。雪合戦を楽しんでいた子供が、年を経ていくごとにスマホをいじり始めるのと同じ要領だ。


 さて、そんなこの街に新たな名所が加わった。

 曰く——星が降る場所。


「——なーんて、壮大すぎる宣伝文句だよね」

 一月下旬。同級生で同じ地学部、高校2年の山口やまぐちあかりがそうぼやいた。

 全くもってその通りだが、僕たちの中で一番文才があるのは彼女なのだ。文化祭の宣伝文句は、彼女に任せるしかない。


 ここ、私立村野学院は、とてもよい設備が揃っている学校だ。このあたりの地域ではもちろんのこと、ひょっとすると全国でも有数の設備が揃っているのかもしれない。少なくとも僕は、ダチョウを飼っている学校なんて聞いたことがない。


 さて、そんな学校に通う僕らは、地学部に所属している。この学校の地学部は部門ごとに分けられている。天文班、地質班、ロケット班の三つだ。地質班とロケット班は、砂金堀りの大会、モデルロケットの全国大会で優勝経験もある。では天文班は何もないのかと思ったらそんな訳はない。それこそが、地学部の設備の最大の特徴、プラネタリウムなのだ。ちなみにこれは、先程山口の書いた文章にあった「星が降る場所」のことだ。


 どうしてこんな文章を書いてもらっているのかというと、村野学院は文化祭を二週間後に控えているのだ。去年の文化祭で、せっかく作ったポスターが埋もれてしまうという事件が勃発したので、今年は色々な部活に宣伝文句を書いたチラシを置こうという話になったのだ。まあその代わり、この一ヶ月間、色々な部活の雑用をする羽目になったが。


「そういえば、河埜かわの。松下の方は大丈夫?」


 山口がそう言って気にかけているのは、松下まつした圭吾けいごと言って、ロケット班班長兼、この部活の部長だ。今日はロケット班に所属する後輩たちを連れて、文化祭用のロケットの試射に出向いている。知り合った当初はすこし気が弱そうなやつだと思ったが、今では部長らしくみんなを引っ張っている……というわけではなく、やっぱりおどおどしていて、僕らみんなで手を取り合って進んでいる感じだ。他にももう一人、今日の部活には来ていない高城たかぎりょうという、空手部と兼部しながら、天文班と地質班を兼班して、地質班班長を務めているハイスペックなやつがいる。僕、河埜《》健介けんすけを含めた。合計四人の高校二年生で部活を引っ張っている。


 ちなみに山口と松下は幼なじみで、だからこそ山口は松下のことを人一倍気にかけている。

「みんな成功したってさ。これから解散だって」


 ロケットの試射はとても時間がかかるので、テキパキとやらないと一日ではとても間に合わないと、すこし前に松下が話してくれた。そう考えて、三日、試射の候補日を作っていたが、うち二日間が雨で潰れてしまい、今回のロケット班の文化祭参加が危ぶまれていた。しかし、一日で全て終わらせたということは、後輩たちはとても優秀だったのだろう。


「良かったぁ。あいつどんくさいから、失敗するんじゃないかと思ってた」

 山口は心底安心した声でそう言った。やっぱり仲良しなんだなあと思ってから、僕は自分の仕事に戻った。そう。僕にも自分の仕事があるのだ。


 僕ら地学部は、定期的に天体観望に出向いていて、そこで流星観測を行っている。それをプラネタリウムの機能を利用して体験してもらうのはどうかと、夏から入った新入部員が提案してくれたのだ。初めに聞いた時には厳しそうだと思ったが、しばらくしてからその部員が原稿の草案を持ってきたものだから一気に企画が動いた。今の僕の仕事は、プログラムを組むことにある。僕らの学校が取り入れているプラネタリウムのソフトは、プログラムを使って半自動式にすることができるのだが、僕の学年では他に興味を持ってくれる奴がいない。結果、最後の確認は全て僕がやることになっている。本当は休みたいのだが、こればかりは仕方ない。

「……ふぅ」

 プログラムを組むのが一区切りつき、ほんの少し安堵する。ふと山口の方を見ると、机に突っ伏している。文章を考えている時の山口は、よくこういうことになる。毎度のことながら呆れる他ない。しかし、風邪をひかれては困るので、僕は器具庫に向かい、その中にあった毛布を取り出して、山口にかけた。


 現状は全てすこぶる順調だ。このまま行けば文化祭は成功する。

 毛布をかけながらそんなことを思って、僕は苦笑した。

「自分の分も終わってないのに何言ってんだか」

 誰にでもなく呟いて、プログラム作成に戻った。

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