淡い星の夜

阿達 麻夜

淡い星の夜



フワリ、フワリと宵闇に浮き灯籠が揺れる。


この季節のこの日だけは月が隠れる。星も見えない。


ふと目の前を、儚い光が通り過ぎて昇って行った。





夜になって、家の明かりしか見えなくなったら、人間たちは一斉に浮き灯籠を飛ばす。


お髭の長生き爺ちゃんは、死んだ人を忘れないようにだとか、迷わないよう道標のためにだとか、誰かに感謝するんだとか、色んな理由があるんだよって教えてくれたけど、僕には理由なんてどうでもよくって、只この景色が好きだった。


月も星も見えない真っ暗な空に浮き灯籠が昇って行く。最初の一つが空に飛び出すと、他の浮き灯籠も一斉に飛んで行くんだ。


まるで絶対に届かない星が目の前にあるように見えて、凄い綺麗。


思わず手を伸ばしたくなっちゃうけど、そうすると浮き灯籠は落ちて消えちゃうって知ってるから、我慢。怒られるのも嫌だしね。


沢山の浮き灯籠が空に昇って行って、星と同じ位遠くになったら、弱々しくなった光が最後に一瞬大きくなるんだ。


花が咲いたようにブワって明るくなって、明かりも何もない空を光の花が埋め尽くす。でも一瞬で消えて無くなっちゃう。


本当はその最後の花ももっと見ていたいけど、すぐに見えなくなっちゃうのも何だか綺麗に思えた。


浮き灯籠が最後の花を咲かせて、月も星も見えない真っ暗な空になったら、おしまい。


人間たちも家の中に入って行く。


「はぁ、次はいつ見れるかなぁ。早く見たいなぁ」


「……私は好きじゃないわ。何だが悲しい気持ちになっちゃうもの」


僕がウットリと息を吐き出すと、僕の隣にいた女の子が呟いた。


「どうして?」


「弱々しくて、すぐにも消えそうで、高く飛んだと思ったらすぐ消えちゃう。私は本物の星空のほうが良いわ」


「僕はどっちも綺麗で好きだよ?でも浮き灯籠は今日しか見れないから、いつも見える星空より好きかなぁ」


「そう。私には消えること無く輝き続ける星の方が魅力的に見えるわ。私も星のように輝き続けるの」


そう言って何も見えない空を見上げたこの女の子とは、ちょっと前に出会った。


この辺りでは見たこと無い子で、サラサラな髪に太陽が反射して綺麗に光ってた。


何かを探してるらしくて、僕も暇だったから一緒に探してあげることにしたんだ。


ずっと探し回ってたけど、結局見つからなくて、僕のお気に入りの浮き灯籠の日になっちゃったから、少し休んで一緒に見ることにした。


「探しもの、見つかると良いね」


「……そうね」


空に輝く星が見えないからか、女の子の髪は最初に見た時より少しくすんで見えた。






それからどれくらい女の子と一緒に探したかな。


お髭の長生き爺ちゃんにも相談したり、頼りになる兄ちゃんにも話した。


色んな所に行って、ちょっと危ない目にあって、泥だらけになったりしちゃったから、僕も女の子もすっかり汚れちゃって、太陽の光に照らされても髪が輝くことは無くなった。僕は元々だけど。


「……もう、見つからないのかしらね」


「大丈夫、見つかるよ。僕も一緒に探すんだから」


本当は僕も分からなかったけど、女の子が悲しそうに、寂しそう見えたから、つい自信も無いのに、自信満々な顔をしちゃった。


「フフ、ありがとう」


そんな僕を見て女の子は笑ったけど、やっぱりまだ悲しそうだった。


─────!


その時、近くの茂みがガサガサと揺れた。すぐに茂みを揺らした正体が姿を現して、僕たちは走り出した。


「急ごう!危ないよ!」


「ええ!」


僕たちは追って来る奴から逃げる為に思いっきり、でもお互い離れないようにくっついて走った。


見たことある服を着たあいつらに捕まると、もうここには戻ってこれないらしい。今までも沢山あいつら捕まって居なくなっちゃったって頼りになる兄ちゃんが言ってた。


あいつらは大人で大きくて、僕たちはまだ子供で小さいから、狭い隙間に入っちゃえばもう追って来れない。見つかった時はいつもそうやって逃げるんだ。


今日も狭い隙間に入ってやり過ごそうとした。大丈夫。きっと、大丈夫。


でも今日は運が悪かったみたい。僕たちの姿はもう見えないはずなのに、まだあいつらの気配がする。


すると僕たちが隠れてた壁が動き出した。


「まずい!」


隙間が広がって段々と明るくなっていく。


咄嗟に奥へと逃げたんだけど、そっちにもあいつらが待ち伏せてた。


逃げ道も無くて、どうすることも出来なくて、とうとう僕たちは捕まっちゃったんだ。











捕まった僕たちは離れ離れにされて、もう女の子の様子は確かめられなかった。


僕たちの他にも沢山捕まってるみたい。みんな心配そうに、不安そうに震えてた。


時々痛い思いをしたり、色んな人に見られたり、捕まってた仲間がどこかに居なくなっちゃったりしたけど、頼りになる兄ちゃんが言ってたような怖い場所じゃなくて、寒くないし、ご飯も食べれるし、僕から見たらそんなに悪い場所じゃなかった。


不満は無かったけど、一つだけ、ここに来てずっと残念に思う事がある。


女の子の探しものの事だ。


今はもうあの女の子がどうしてるのかすら分からないけど、僕が一緒に探すって約束してすぐに捕まっちゃったから、きっと女の子も落ち込んでるだろうな。


どうにかしてまた一緒に探しに行けないかなぁ。


僕の力じゃここから出ることは出来ないし、逃げ出すチャンスがないか機会を伺いながら過ごしていると、外に出れた。


この前僕を見に来た人が外に出してくれたみたい。ありがとう!


喜んでここから逃げようとしたら、外に出してくれた人に捕まっちゃった。


そしてその人の家に連れてかれた。僕はここで暮らすんだって。


捕まってる場所が変わっただけじゃないかって外に出してくれた人に当たっちゃったけど、大きい登れる塔みたいなのとか、音のなるボールとかあって、実は楽しかった。


ちょっとここで暮らしてたら、この家に先に住んでたって言うおっとりしたおねえさんに出会った。


「外に出て探しものをしなきゃいけないんだけど、どうしたら外に出れる?」


早速僕が外に出たいっておっとりしたおねえさんに相談したんだけど、おっとりしたおねえさんは穏やかに笑うだけだった。


どうしても外への出方を教えてくれなくて、僕は諦めるしか無かった。


別に何か不自由しているわけじゃないし、むしろ捕まる前よりも、捕まった後よりも快適に暮らせてるけど、やっぱり残念に思う事もある。


女の子との約束もそうだし、


「浮き灯籠も見れなくなるのは、悲しいなぁ」


透明な壁から見える、少し見辛い星を眺めながらふと呟くと、いつの間にか近くに来ていたおっとりしたおねえさんが言った。


「あら、浮き灯籠は見れるわよ。その日だけはみんな外に出て、浮き灯籠を空に上げるから、私達も外に出られるわ」


「本当!?」


「ええ。でもちゃんと帰って来なきゃ駄目よ?帰って来ないと怒られて、もう外に出ることが出来なくなっちゃうから」


「分かった!」


外に出れるのと、また浮き灯籠を見れるって聞いて、僕は嬉しくてつい暴れ回ってたら、外に出してくれた人と、おっとりしたおねえさんに怒られちゃった。夜は静かにしないとね。












「ちゃんと帰って来るのよ?いい?」


「うん!」


「気をつけて行ってらっしゃい」


今日は浮き灯籠の日。一緒に暮らしているおっとりしたおねえさんが言ってた通り、今日はいつも閉まってる透明な壁が開いていて、自由に外に出る事が出来た。


いつも首に着けてるアクセサリーよりもっと頑丈な奴を着けられて、少し動きづらいけど、久しぶりに外に出られるのが嬉しくて、気にならなかった。


おっとりしたおねえさんに見送られながら早速外に飛び出して、久しぶりの外で思い切り身体を伸ばす。


太陽がポカポカと気持ち良くてちょっと眠たくなっちゃったけど、あの女の子の探しものをしなくちゃいけないし、最大の楽しみの浮き灯籠を見るまでは寝れないぞ!


女の子が居ないから、あても無く適当に探すことになっちゃうけど、探してたらまた女の子に会えるかもしれないし、とりあえず探して回ろう。


僕は探しものをしながら、お髭の長生き爺ちゃんの所に行ったり、頼れる兄ちゃんの所に行ったりして空が暗くなるまで過ごした。お髭の長生き爺ちゃんも頼れる兄ちゃんも久しぶりに会えて嬉しそうにしてくれたけど、どこか余所余所しい感じがした。


結局というか、当然というか、探しものは見つからなかった。色んな場所に行って身体は汚れちゃったけど、今日一日探しものが出来て満足だった。


僕は前に女の子と一緒に浮き灯籠を見た場所で、浮き灯籠が昇るのを待っている。


ここは高台だから、星のように明るい家々の光が、地面を埋めるように輝いて見えるんだ。


太陽が完全に沈んで、見上げれば月も星も見えない完全な黒に染まると、いよいよだ。




一つの淡い光がフワリ、と黒い空に飛んで行く。


それに続くように、続々と光が飛び立って、瞬く間に黒かった空に儚く星々が浮かぶ。


僕の目に映る景色が本当に綺麗で、幻想的で、ああ、やっぱり好きだなって思えた。


「やっぱり私は、星空の方が好きだわ」


僕が浮き灯籠に見惚れていると、近くから声がした。


声のした方へ顔を向けると、そこにはあの女の子がいた。


その髪は浮き灯籠と家の明かりを反射して、まるで銀色に煌めく星のように輝いていた。


そして女の子の首には、同じように輝いているアクセサリーがある。


「探しもの、見つかったんだね」


「ええ」


女の子は言葉少なく僕の隣に座って、静かに浮き灯籠が昇って行くのを見つめていた。


僕も一緒に沢山の浮き灯籠が空を埋め尽くす幻想的な景色を見つめる。


たしか、お髭の長生き爺ちゃんが浮き灯籠の事を話してくれた時に、色んな意味があるって言ってたっけ。


死んだ人を忘れないように、迷わないよう道標に、感謝を捧げるために、それから、


「願い事、叶って良かったね」


「ええ。 ……ありがとう」


それから少しして、浮き灯籠が最後の花を咲かせて儚く消えるまで、僕は女の子と一緒に暗闇に浮かぶ淡い星々を楽しんだ。



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淡い星の夜 阿達 麻夜 @adachimaya

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