タバコ屋さん、一本おくれ

naka-motoo

ねーちゃん、ねーちゃん

「ねえちゃん」


 誰?


「ねーちゃん、ねーちゃん」


 空耳?

 もしかしてっ!霊現象!?


 アタシはきょろきょろしてたけど目で見て確認できなかったから、まっすぐ神社へと続く大通りの車の音に消えそうだったけど、多分右耳から聞こえただろうと思って、くるん、と首だけ右に向けたのさ。


「ねーちゃん・・・ねぇえーちゃん・・・」

「うわっ!」


 誰もいない!

 木造平家の再開発からも取り残された古民家の玄関の引き戸が半開きになってて、コンクリートの土間が見えた。


 思わずアタシは三歩後ろに戻ったもんさ。


 するとねえ、直角で見ていた玄関が斜めから見えるようになったんだよね。

そしたら、いたよ。

このばーちゃんが。


「ねえちゃん」

「あ、あの・・・なんでしょうか?」

「これでサイダー、買ってきてくだされ」

「はに?」


 いかんいかん。

『はい?』と『なに?』が混ざってしまった。


「ねえちゃんは神社の向こうの高校の生徒さんじゃろう?このばばを憐れとお思いなさったらそこの自動販売機でサイダー買って来てくだされ」


 そう言って千円札を渡された。

 コンクリの土間にぺたっ、と横座りでへたりこんだ状態で、そのばあちゃんが右手の指で挟んだ紙幣を差し出してきたんだよね。


「ええと。サイダー?」

「そう」

「自販機で?」

「そうじゃ」

「あの・・・お独り?」

「そうじゃ」

「じゃあ・・・」


 弱ってるのに有無を言わせない迫力なんだよね、このばあちゃん。

 まあ、人助けだと思って。


「あれっ?」


 反転して家の角を左に折れた瞬間に煤けたショーケースに小さな箱が並んだ『』があって、飲み物の自販機はそれに隣接してた。


「3mも歩けんのか・・・」


 まあいいや。買うだけ買おう・・・って・・・


「お、おばあちゃん!?」

「なんじゃーい」

「サイダーないけど」

「あろうがね。ほれ、その紫のやつ」


 なるほど。

 グレープ・スカッシュ。

 炭酸飲料はすべからくサイダーなのね、ばーちゃんにとって。


 千円札を、にゅるん、と入れる。

 ふざけてるわけじゃないよ。ほんとに、なのさ。この古式ゆかしきオールド・タイプの自販機の投入口は。


 ガシャ


 グレープ・スカッシュの缶が節度なく冷たくて、指先でつまむようにして持ったさ。しかもお釣りが900円てことは価格設定が消費税導入以前のシロモノってことかあ?


「はい・・・どうぞ」

「ありがとね。ささ、入りなされ?」

「はい?」

「ううっ・・・」

「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか!?」

「玄関を上がれんのじゃ」

「ど、どうやって降りたんですか?」

「なあに。決死の覚悟でじゃよ」


 まあ教室でWEB小説でもゆっくり読もうと思って早く出てきただけだから朝のSHRまで時間はある。ほっとくわけにもいかんだろう。


「やれやれありがとね」

「いえ・・・」


 玄関のすぐ横がもう畳敷きの居間になってて、テレビ台の横にお仏壇がある。遺影が置かれてるけど若いな。


「ああ。これかね。私の連れ合いさね」

「あの・・・お若くして亡くなったんですか?」

「うんにゃ。88の米寿まで生きた。ヨボヨボの写真を嫌がったじーさんの見栄さね」


 ばーちゃんはアタシをコタツに入るよう促した。


「冷たっ!」

「ああ。節電しとるでな」

「節電て・・・風邪ひきますよ?」

「おお・・・やさしいのう。さすがあそこの生徒さんじゃ」

「ええ?おばあさん、ウチの高校のこと分かってますかあ?」

「知っとるよ。元気のよい生徒さんたちじゃ」


 いやいや。元気が良すぎるんだよね。

 だって、髪型をリーゼントにした『ロックン・ローラー』が今だにいるような高校だから。


「よく買ってお行きなさるよ。オタクの生徒さんたち」

「え・・・でも・・・この『お店』って・・・」

「うん?見た通り。町のタバコ屋さね」

「いやいやいや。ダメでしょう、おばあちゃん。高校生にタバコ売ったら」

「あれ?でもアンタ、ウチはここで商売始めて50年になるけど、ずうっとお得意さんぞね」

「おばあさん、時代も変わったんですよ」


 時代っていうか法律はその頃から同じはずだけど、アタシはとりあえずおばあさんを説得することを優先して懇々と言ってきかせたもんさ。


「・・・という訳でタバコを未成年に売ってはいけないんです」

「そうかいねえ・・・知らんかったわ」

「また・・・」


 ばーちゃんが出してくれた昆布茶をすすった。


「・・・おいしい!・・・」

「そうだろねそうだろね。この昆布茶はのう、なにをかくそう太宰府天満宮のあの菅原道真さまがおられろう?あのお方のお庭に植わっていた梅の木を移植して育てた梅のその花びらを乾かして入れてあるのじゃ。美味くないわけがなかろう」

「あの、『東風吹かば』の?またまたあ・・・」

「ほんとぞいね」

「あ!」


 マズイ!さすがにタイムリミットだあ!


「お、おばあちゃん、アタシ行くね。はい、おつり」

「取っときなされ」

「そんなわけにいかないよ!はい!」

「そうかね・・・なら、これあげる」


 ガサゴソボソ。


「なにこれ」

「割れせんべいじゃ。安いけど旨いぞ」

「い、いらないよ」

「ほれえ。そんなこと言わんと」


 うわ、なんて力。これが噂に聞く『いいからいいから』攻撃かい。

 アタシのトートバッグに押し込まれちまったよ。


「じゃ!」

「また来なされ!」


 まあったく。『来なされ』じゃなくて通学路だから自動的に通ったんだよ!


 ああ・・・でもこの『割れせんべい』どうしよう。こんなもの学校に持ってったら「ババアか!」って笑われる。いやいやそれどころか、「センセー、ミコのやつ学校にお菓子持ってきてまーす!」って幼稚園児並みの攻撃に晒されてしまう。


 はっ!

 そうだ!


 ゼハゼハとダッシュしながらアタシは神社の敷地の隣に建ってるお堂の前で急停止した。割れせんべいの袋を乱暴にお供えしたもんさ。


「なむなむなむ・・・お不動さま。なんの因果か老婆からこのせんべいを授かりました。どうぞこれでも召し上がって英気を養ってください」


 あー、あのおねえちゃん、お経唱えてる、と母親に手を引かれた登園途中の園児から指差される。


「お経じゃねーわ。聖なる呪文さっ!」


 と咄嗟に中二病のフリをしてまた駆け出す。母親が「話しかけちゃダメ!」と叱り飛ばしてやがる。

 うるせーわ、園児風情が。


「おっはよー」

「よお、ミコ!ロックンロォオール!」

「バカ英二えいじ。ファッキンおはよう」

「くぅうー!いいぜそのパンクな挨拶!ミコ、今日もロックだぜ!」

「カナ、おはよう」

「無視するなよぉ」


 まあなんだかんだでアタシはこの高校が好きさ。

 時折おまわりさんに半殺しの目に遭ってる男子どもはいるけどそれは彼らが他校と河川敷で落とし穴を掘っての稚拙なケンカをするようなことの自業自得ってやつで。


「なあミコよ」

「あによ」

「くぅ・・・たまらん!!かわいー!」

「英二。アタシは忙しいのさ。簡潔に10文字で用件を伝えてくれないかい」

「じゅ、10文字でか?ええと・・・いち、にい、さん、しい・・・うん!『放課後デートしよう!』」

「カナぁ、学校終わったら本屋行かない?」

「ミコぉ・・・」


 ん?待てよ?


 思案一発!


「英二、いいよ」

「うえ?ホントか!?どこ行く!?」

「tobacco shop」

「What?」

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