第6話

『マギクロ』の、数あるシナリオの中には、バッドエンドが存在する。


 通称・死神ルート。


 以下の条件にひとつでも当てはまると、強制的に死神ルートへ分岐する。


 ・「留年」を三回繰り返す(※一年間のうち五十日以上、登校を怠ると留年する)。

 ・月末の考査で、ディアンヌに十回以上敗北する。

 ・攻略対象キャラ(ディアンヌ含む)の親密度が全員二十パーセント以下。

 ・妖精フラヴィの世話を怠り、「ご機嫌ゲージ」が三十パーセント以下の状態が三か月以上続く。


 死神ルートに突入した主人公は妖精王から見放され、絶望する。

 そこへ現れる美しい死神につけこまれ、彼の支配する「闇の箱庭世界」で永遠とこしえの時を過ごすことになる。



 私は、後味が悪くなりそうな気がしたので、ゲームの死神ルートは回避した。



 ディアンヌ同様、主人公であるサーラもまた、破滅エンドという爆弾を抱えているのだ。



     ☆



 お昼過ぎ、私はデュークの案内で彼の実家を訪れた。

 当然のように、ベルナルドも一緒に。

 フラヴィは昼寝をしていたので、屋敷に置いてきた。


「デューク様のご実家は、武器屋さんですのね」


 王都中央の目抜き通り。

 砂色の煉瓦造りの二階層の建物。

 一階が店舗兼工房、二階が住居となっているのだそう。


「父は武器職人。母が店の経営を担当している」

 正面の扉を開けるデュークに続いて、私とベルナルドは店の中へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー……あら、デューク。おかえりなさい。そちらは、お友達?」

 出迎えてくれたのは、四十前後の上品そうな女性。

 クリーム色のブラウス、オリーブ色のくるぶし丈のスカート。綺麗に編み込まれた、柔らかそうな栗色の髪。

「モーリス侯爵家のディアンヌ嬢と、隣国のベルナルド王子だ」

 私とベルナルドは、そろって「はじめまして」と会釈をした。


「えっ? ええっ? ディアンヌお嬢様に、ベルナルド王子様!?? まあ……まあああ、どうしましょう!」


 ほっそりとした頬に両手を当てて右往左往する母親に、デュークは無表情で「母さん。ジゼルはいるか?」と簡潔に問いかけた。

「え、ええ。ジゼルなら部屋にいるけど……どうしましょう、尊いご身分の方々にお出しするお茶なんて、我が家には……」

「いいえ、どうかお構いなく」

「でも……」と、困り顔で首をかしげる母親に、デュークは無表情でさらりと言った。


「構わなくて大丈夫だ。今日は、ディアンヌ殿が食事を作ってくれる」


「…………えっ? えっ? えええ?」

 明らかに理解が追いついていない様子で、デュークの母は目を白黒させている。


「あとで台所を借りに降りてくる。まずは、ジゼルに会ってくる」

 デュークはそれ以上説明することなく、茫然とする母親を置き去りにして、私とベルナルドに「こちらへ」と石造りの階段を示した。

「あ、あのっ、これには事情がございますの。後ほど、きちんと説明いたしますので。二階へ、お邪魔いたしますわ!」

「すみません、お邪魔します!」

 私とベルナルドはデュークのフォローをしつつ、彼の後を追って階段を昇った。

 背後から、消え入りそうな声で「ご、ごゆっくり……?」という声が聞こえてきた。



 二階へ昇って、右側奥の扉の前で、デュークは足を止めた。

「ここだ」

 デュークは、コツコツと扉を軽くノックした。

「ジゼル、俺だ。入るぞ」


「おにーちゃま! おかえりなさい!」

 扉を開けると、幼い女の子が嬉しそうに飛び出してきた。


 名前はジゼル。デュークの妹。七歳。

 ゲームでは、彼女が登場することでデューク大恋愛EDが確定となる。

 両耳の下で結った長い髪の先が、くるくるふわふわしているのが私好み。

 服装は、淡いオレンジ色のワンピース。ふんわりとふくらんだ長袖も可愛い。

 キャラデザの先生のセンスには、感謝しかないわ。

 瞳の色は、デュークと同じく鳶色。

 無表情な兄と対照的に妹のジゼルは表情豊かで、猫のように瞳がくるくる動く。


「だあれ?」

 デュークの脚に抱きついた体勢で、ジゼルはきょとんとした顔でこちらを見た。

「こんにちは、ジゼル。わたくしの名前はディアンヌ」

「ぼくはベルナルドだよ」

 順番に自己紹介をすると、ジゼルは「ほー……」と目を輝かせ、こう言った。

「ふたりとも、きれー。おーじさまとおひめさまみたい」

 なんて正直で、観察眼の鋭い子なのかしら。

「ねえ、デューク。めちゃくちゃいい妹さんだね!」

 心の中で感心する私の隣で、ベルナルドはダイレクトに喜びを顔と言葉に出した。



『貴女の料理で、俺の妹を病から救ってほしい』



 デュークの頼みを叶えるために、私たちはジゼルに会いにきたのだけれど。

 彼女の「病」というのは……、




「ねえ、ジゼル。好きな食べものは何かしら?」

「おさかな」

「じゃあ、嫌いな食べものは?」

「おさかなじゃないやつ」

「……好きなお魚は、何かしら?」

「さば」

「…………」



 ジゼルは、偏食症だった。

 七歳の女の子が、サバしか食べないって……チョイスが渋すぎない?


 デュークの望みは、ジゼルが魚以外の食材を口にできるようになること。

 たしかに、育ち盛りだし、女の子だし、サバばかり食べ続けていたら、栄養が偏って身体に良くない。



「ジゼルは、お魚と一緒にお野菜やパンを食べたりしないの?」

「いらない」

「それじゃあ、果物は?」

「いらない」

「お菓子は? 生クリームの載ったケーキとか、ふわふわのマフィンとか、甘くておいしいですわよ?」

「いらない」



 にこにこぽわぽわ、天使のように可愛らしい笑みと、妖精のように軽やかな声で、ジゼルはまん丸な頭を左右に振って「いらない」の一点張り。


 か、可愛い……けど、頑固。

 ここは、兄デュークにそっくりなのね。


「どうだろうか、ディアンヌ殿。何とかできそうだろうか?」

 捨てられそうな大型犬のような眼差しで、デュークは縋るようにこちらを見つめてくる。


 正直、私の手にはとても負えない。

 料理は得意だし調理師の免許も持っているけれど、栄養士の知識はほとんどない。



「ど、どうにかしてみせますわ。そのために、このわたくしが、わざわざ出向いたのですから!」



 この国で、ジゼルの偏食を治せる可能性が一番高いのは、きっと私。

 その私が、何もせずに諦めてしまったら、ジゼルは食べる喜びを知らないまま大人になってしまう。



 やってやろうじゃないの。

 まだ、何を作るか全然決まってないけれど。

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