第4話

 正ヒーローであるアランのルートに入った場合、婚約破棄イベントでディアンヌとの決別を宣言し、主人公サーラと結ばれる。


 アラン以外の男性キャラのルートでは、同様の婚約破棄イベントは発生するけれど、アランはサーラの友人としての立ち位置を貫き、攻略キャラとの仲を取り持ってくれる。


 いずれの場合においても、アランとディアンヌがヨリを戻すという筋書きは存在しない。



     ☆



「ねえ、サーラ。何かの間違いではなくて? アラン様のお気持ちは決まっているはずですわよ」


 屋敷の使用人たちが厨房に集まってきたので、私とサーラ、ベルナルドは客間へと移動した。二人の妖精も一緒に。

 レース編みのクロスがかけられたローテーブルには、人数分のティーセットと、厨房から運んできたガレットとポテチが載せられている。


 婚約破棄イベントが発生してから、ものの五時間程度。

 その間にアランがサーラへ求婚し、ディアンヌに心変わりするだなんて、普通に考えたら有り得ない急展開。


「兄上から何を言われたのさ? ぼくはその場にいなかったけど、兄上は人前で酷い振り方でディアンヌ様との婚約を破棄したっていうじゃない。それなのにディアンヌ様に未練があるなんて、まともな神経じゃないよ。ぼくの兄上が、そんな……女性を振り回すようなゴミ野郎だなんて、考えたくない」

 威勢良く振る舞っていたベルナルドだったが、どんどん声が細くなり、最後は喉から搾り出すように言葉を放った。

 彼の言う通り、アランは言ったそばから意見を変えるような優柔不断な人ではないし、女性に対しては年齢を問わず紳士的だ。

 ゲームの中の「アラン」から、かけ離れている気がする。


「アラン様は、わたしの聖女試験が終わったら結婚したいと言ってくれたの。王太子の座を捨てて、この国で一生を終える覚悟があると」


 ゲームの中でも、アランEDだと彼は王位継承権を放棄してサーラと結婚する。

 隣国の王位は、残されたベルナルドが継ぐことになる。


「それで?」

 私が続きを促すと、サーラは亜麻色の睫毛を伏せて唇を開いた。

「わたしはアラン様の求婚をお受けしたわ。でも、アラン様は、どこか遠くを見ていて……思い出したかのように、何度も、『ディアンヌを傷つけてしまった。ディアンヌは今頃どうしているだろうか』と、ディアンヌのことばかりを気にかけていて……」


 そんなバカな。


「そんなバカな」


 私の心の声と、ベルナルドの口にした言葉がシンクロした。


「加担したぼくが言うのもおかしいけど、兄上はディアンヌ様がサーラにした試験の妨害行為が許せなくて、婚約を破棄したんでしょ? それに、兄上は同情なんかじゃなくて本気でサーラに惹かれていたはずだよ。ぼくは、対立はしていたけど、そばで兄上をずっと見ていたんだからわかるよ!」


 ベルナルドは、出自の定かではない異端の存在であるサーラは兄アランにふさわしくないと判断し、兄の目を覚まさせるためにディアンヌと協定を結んだのだ。

 婚約破棄イベント以降のベルナルドはディアンヌと手を切り、サーラとアランの結婚を祝福する。


「わたしは、アラン様をお慕いしているけれど、彼の気持ちが変わってしまったのなら諦めるより他ないと思うの」

 サーラは、儚げで小さな拳で赤いスカートを握りしめた。

「ディアンヌ、お願い。アラン様ともう一度、婚約してほしいの!」



「「は?」」



 今度は、私とベルナルドの声が綺麗に重なった。




「サーラ、あなた……自分が何を言っているのかわかっていて?」

 確かめるように問いかけると、サーラは深くうなずいた。

 おっとりしていながらも、芯の強い瞳がこちらを見返してくる。


「でもぉ、なんか、そういうのって相手に対して失礼じゃない?」

「めずらしく気が合うわね、ポレット。あたしも同意。アラン、引くわー」

 普段はいがみ合っている妖精たちが、めずらしく意気投合する。


「……何て言われてもいいの。わたしは、アラン様に幸せになってほしい」

 サーラの目の端に涙が浮かぶ。

「もしかしたら、わたしに求婚したのだってはじめからただの同情だったのかもしれないし、ディアンヌのほうが聖女にふさわしいと思い直したのかもしれない。だから、ディアンヌがもう一度聖女候補になって、試験の続きを受けて、アラン様と結ばれてほしい……!」

 真の聖女にふさわしい、清らかな涙がサーラの白くなめらかな頬を伝う。


 私は紅茶を一口飲み、翅が舞い降りるような美しい所作でカップを置いた。

「サーラ……あなたの気持ちはわかりましたわ」

 口を開く私の横顔を、隣でベルナルドが固唾をのんで見守る。




「お断りしますわ」




 これはきっと、願ってもない破滅フラグ回避のチャンスだったのかもしれない。

 もしかしたら、最初で最後のチャンスだったのかもしれない。


 けれど、「私」の中の「ディアンヌ」が、明確な意思を心の中で表したのだ。




「そんなの願い下げですわ」と。




 茫然と目を見開くサーラに、私は青緑色の巻き毛を肩の上で払いながらさらに言い放った。

 けっしてその場の情になど流されない、悪役令嬢の顔で。


「さっさと王宮へ戻って、アラン様にお伝えなさい。『ディアンヌは、あなたのような軟弱男に守られずとも一人で生きていけますわ。せいぜい、人並みの幸せに縋るとよろしいですわ』とね!」



 これは……もしかして、もしかしなくても、破滅フラグをますます太くしちゃった感じ?



 でも、もう後には引けない。

 太ければ太いほど、フラグは折り甲斐があるというものだわ!




 ……本当はめちゃくちゃ不安よ? また死んだらどうしよう。

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