悪役令嬢のスペシャリテ ~破滅エンドは胃袋で回避いたします!~

高見 雛

プロローグ

第1話

 ――バタン、ガチャッ。


 冷凍室の扉が閉まり、その振動で錠の下りる音。

 嘘、待って。

 私は食材の冷凍肉を放り出し、扉へ取って返した。

 内側からは人の力程度では開かない、頑丈な重い扉。

 私は扉を叩きながら叫んだ。助けて、助けて。

 寒い。歯が震える。


 このまま死んじゃうの?

 いやだ、いやだ!!


 だって、まだ、あのゲームのスチル全部埋めてないのに……!!



     ☆



 前の人生での名前は忘れた。

 歳は、二十五くらいだったと思う。

 フランスの二つ星レストランで修行していた。

 慣れない食生活、通じない言葉、ハードな労働環境。

 日々のつらさと寂しさを埋めてくれたのは、人気乙女ゲーム『スイート・マギア・クロニクル』だった。

 繊細な作画や美しいBGM、丁寧に作り込まれたストーリーはもちろんのこと、日本語のフルボイスで喋りかけてくれるのが、何よりの癒しだった。

 店での仕事にもようやく慣れて、同僚たちとも片言ながらもコミュニケーションが取れてきた矢先、私は死んだ……と思う。

 最後の記憶が、店の冷凍室だった。

 意識がどんどん遠のいて、目の前が真っ暗になって、そこで死んだんだと思う。


 だから、私が今いる場所は、あの世とかそのへんだと思うんだけど。


 なんだか様子がおかしい。


 あの世って、こんなキラキラしてるもの?

 ヴェル●イユ宮殿みたいな大広間に正装した男女がいっぱいいるもの?

 天井からぶら下がっているシャンデリア、あれ、いくらするのかしら?


 気のせいかしら、この光景、どこかで見たことがあるような。


 それに、なぜかしら、周りの紳士淑女が皆、こちらを見ているような。


「ディアンヌ・モーリス」


 冗談みたいに煌びやかな金髪碧眼のイケメンが、こちらへ進み出た。

 えっ、誰、私のこと?


「この場で宣言する。僕は、君との婚約を破棄する!」


 ………………待って。



 この背景、見たことがある。

 このイケメンも、見たことがある。

 イケメンの声も、聞いたことがある。


 ゲームの画面で。


「嘘でしょ……」


 私は茫然とつぶやいた。

 覚醒した頭で、記憶をフル稼働させる。

 

 これが悪い夢じゃないのだとしたら、今いるこの世界は、私が愛してやまない乙女ゲーム『スイート・マギア・クロニクル』、略して『マギクロ』の世界。


 ざっくり説明すると、「舞台は妖精と共存する魔法使いの国。異世界から召喚されたヒロインが、王立学院で学びながら学友や妖精との絆を深め、国を支える『聖女』を目指す」というストーリー。

 純朴で可愛らしく天然な主人公サーラと、侯爵令嬢ディアンヌの二人が聖女候補。

 在学中の二年間で、教師、宰相、司祭、王妃(現・聖女)による査定を受け、累計ポイントの高い方が次期聖女に任命される。

 ライバル令嬢のディアンヌに負けた場合は、その時点で親密度が最も高いキャラとの恋愛エンドが発生する。

 隠しルートで、特定の条件を満たすとディアンヌとの友情エンドも存在する。


 ただ、ディアンヌは極度のツンデレで、親密度がとにかく上がりにくい。

 基準値を超えるまでの間のディアンヌは「底意地の悪い極悪令嬢」を演じているため、サーラへの妨害行為が半端ない。

 ディアンヌEDを目指していたところだったのに、まさか死んじゃうなんて。


 その、極悪令嬢の皮をかぶった極みツンデレが…………私?


「君の、サーラへの妨害行為の数々、物的証拠も証言もすでに取ってある。言い逃れはできないぞ!」


 朗々たる声で言う金髪イケメンは、ゲームの正ヒーロー、アラン。

 隣国から留学している王子様で、ディアンヌの婚約者。

 性格は、実直で生真面目。

 王道ルートを進んでいくと、アランがディアンヌとの婚約を破棄して、サーラに愛の告白をするのだ。


 ……ということは、今まさに王道ルートのシナリオに沿って進んでいるってこと?


 うわー、すごい。

 ゲーム画面だと、キャラが喋るたびに立ち絵が切り替わるくらいなのに、動いてる。3Dのアニメみたい。

 アランの隣には、事の成り行きを不安そうな眼差しで見守っている異世界の美少女サーラがいる。めちゃくちゃ可愛い。


 ……いやいや、待って待って。


 王道ルートのディアンヌって、この後どうなるんだっけ?


 えーと、たしか……。


 プレイした記憶と攻略サイトのチャートをすり合わせて、すり合わせて……頭を抱えた。



 サーラへの妨害行為が明るみになったディアンヌは、侯爵家から離籍を言い渡され、学院から追い出され、国外追放される。

 それでも、持ち前の根性と、泣く子も黙る美貌、貴族の令嬢離れしている生存スキルを存分に活かして、異国で宿屋を開業するのだ。ディアンヌは料理が得意だった。

 ただ、流れ着いたその国は魔法使いに対する理解が乏しく、ディアンヌは現地の人々から化け物呼ばわりされ、衆人環視の中、火刑に処されてしまう。


「……どうしよう」


 アランが婚約破棄宣言をしているということは、ゲーム内で王道のアラン大恋愛ED待ったなしよね……?


 私は、また死んでしまうの?


 この状況を回避する手段は、ないかしら。


 ほら、たとえば、ディアンヌEDみたいな隠しルートがどこかに潜んでいるとか。


「隠しルート……?」


「ディアンヌ、聞いているのか!? 今すぐここから立ち去れ!」

 学院の卒業パーティーの会場である、王宮の大広間。

 美しく着飾った同級生たち、祝いに駆けつけた王侯貴族の方々が、囁きを交わしながらこちらを見ている。


 ……そうだ、隠しルートよ。


 王道ルートに乗りながら、サーラがアランを説得してディアンヌを火刑ギリギリのところで救出する分岐があるって、攻略サイトに書いていたのを思い出した。 

 でも、細かい発生条件までは覚えていない。


 この世界がゲームのシナリオ通りに進んでいるのだとしたら、ディアンヌが国外追放されるまで一週間の猶予がある。

 その間に、ディアンヌ救済ルートに入る方法を見つける。


「ただでは起きませんわ……」


「私」の中にいる、「ディアンヌ」が言った。

 そして、美しい青緑色の巻き毛をバサッと手で払った。

 一歩踏み出し、元婚約者のアランを見上げる。


「お望み通り、貴方の目の前から消えて差し上げてよ! 見ていなさい、わたくしを袖にした事を後悔させてあげますわ!!」


 私はノミのような心臓を奮い立たせ、「ディアンヌ」になりきって言い放った。




 さて、これからどうしようかしら。


 とりあえず、腹ごしらえかしらね。

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