第13話「衝動的な行動は身を滅ぼす」

 社員たちの怒号はいつまでも鳴り止まなかった。

 それに、とうとう久里浜も激昂する。口汚く、社員たちを罵り始めた。

「黙れ! お前らが今更何を言おうが、投票結果は変わらないんだよ!」

 さらに、久里浜は捲し立てる。

「お前らの顔は覚えたからな! 全員クビにしてやるからな!」

 ハハハッと久里浜は笑った──。

「おい! 希美のことはどうなるんだ!?」

「お父さんは!?」

 先輩や沙織ちゃん──社員たちから、一斉に声が上がる。

「そんなの、実現するわけがないじゃないか。僕は票さえ手に入れば、それで良いんだから!」

「騙したんだな!」

「君たちが勝手に思い違いをしただけじゃないか。僕は知らないよ。録音でもあるの? そんな証拠は、残ってないじゃないか」

 ケラケラと久里浜が笑った。


「どうやら、その通りのようじゃ。ワシは思い違いをしていたらしい」

 ふとした社長の呟きが耳に入り、久里浜は笑いを止めた。

「えっ、いや、パパ……?」

「ワシはお前が、会社を……社員たちのために働いてくれるかと信じて推薦したんじゃがな。……どうやら、それは違ったようじゃ……」

「な、何を言ってるのさ、パパ。そんなこと……」

「裏で手を回しておったとはな……。どうりで、現職の藤堂に票が入らないはずじゃ」

「ち、違うよ、パパっ! アイツらの口から出任せだよ! 徒党を組んで、僕を追い出そうとしているのさ!」

「何故?」と、社長は首を傾げる。

「それなら、初めから藤堂に票を入れれば良いじゃろう。お前を陥れるために、なんでこんな回りくどい事をせにゃならん?」

「そ、それは……」

 ぐうの音も出ない指摘に、久里浜は口籠る。

 そんな久里浜の態度を見た目社長は、深く溜め息を吐いた。

「お前には失望したぞ」

 社長の直球な言葉に、久里浜の顔が青褪める。その場にガックリと膝を落とした。


 社長は項垂れる久里浜の横を通り過ぎ、藤堂の前に立った。そして、彼の肩に社長はポンッと手を置いた。

「お前さんに会社の命運を託したいのじゃが……受けて貰えるかのう?」

「はい! 精一杯、精進させて頂きます」

 藤堂は声を上げ、深々とお辞儀をするのであった。


 社長はそんな藤堂の勇ましい姿に、ウンウンと頷いたマイクを手に取り、社員たちに呼び掛ける。

『全社員に告ぐ。先ずは、本会合に参加してくれたことを感謝する。思い悩み、一票を投じてくれたことにも感謝じゃ。……しかし、社長権限により投票はここで取り止めにさせてもらう。藤堂に、次期社長の座を譲ろうと思うのじゃが、いかがじゃろうか?」


 会場内がしぃんと静まり返る。

 何と声を上げれば良いものか、誰しもが考え倦ねているようであった。

──私は、長く培われてきた社会人としての経験から、こんな時に何をしたら良いのか、自然と察していた。

 ステージの上で芸人が芸を披露し終えたら、拍手をするのが筋である。バラエティー番組を観ていた空も、よくそんなことを言っていた。

 だから、私は見様見真似で両脚を併せて打った。

「お、おい……」

 先輩が目を丸くしている。

 沙織ちゃんもそうだ。

 もしかしたら、私のこの行動は場違いのものであったかもしれない──。


──パチパチ。

 まばらに拍手が上がる。

──パチパチ!

──パチパチパチパチッ!

 やがて、その行為は観衆たちに伝染していった。

 いつの間にか、会場全体に拍手の音が響きわたっていた。


 久里浜は「くそうっ!」と悔しそうに歯噛みをしている。

『それでは、次期社長は藤堂だ。ワシも残りの時間を、精一杯に頑張らせてもらうとしよう』

 何時までも鳴り止まない拍手により、新社長の誕生は祝福されたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る