社内恋愛終了のお知らせ ⑮

 瀧内くんは4年生のときに潤さんの高校のバレー部の練習試合を見に行って里美さんと出会い、一目惚れしたそうだ。

 そして自分もバレーをやれば里美さんに近付けるのではないかと思い、小学校のバレー部に入部してエースにまで上り詰めた。

 けれど、潤さんと里美さんが高校のバレー部を引退すると会う機会がほとんどなくなり、卒業するとまったく会えなくなって、中学でも一応バレー部に入部したものの、何を目的に頑張ればいいのかわからなくなって退部したと言った。

 社会人になって間もない頃、潤さんにバレーボールサークルを発足するから参加しないかと誘われたときに、ずっと好きで忘れられなかった初恋の里美さんも参加すると知ってサークルに入ったらしい。

 瀧内くんの一途さは潤さんをも上回る。

 再会したあとは、もう子どもじゃない自分を受け入れてもらうために、長期戦を覚悟の上で何度も里美さんにアプローチを繰り返し、その甲斐あって見事結婚にまで至ったと言うことだった。


「初恋は実らないって言うのは嘘ですね」


 瀧内くんが少し得意気にそう言うと、伊藤くんはため息をついた。


「社内恋愛はめんどくさいとかあれだけ言っておいて……自分はサークル内恋愛じゃん。やっぱめんどくさいから誰にも話さなかったのか?」

「いえ、誰も聞かないから言わなかっただけです」


 たしかに二人ともいい歳をした大人だから、誰に聞かれてもいないのに、自分から交際を公表するなんてことはしないだろう。


「それにしても、とても二人が付き合ってるようには見えなかったぞ?」

「そうですか?僕は里美さんにだけは散々かわいいって言ってましたけど。まぁ、サークルにはバレーをしに行っているわけだし、ONとOFFの切り替えは大事ですからね」


 付き合っているようには見えなかったけれど、そういえば初めて練習に参加した日に、瀧内くんが里美さんのことを『元気でかわいいお姉さん』と言っていた。

 里美さんもまんざらじゃなさそうだったし、いつも歳上の人には敬語で話す瀧内くんが、里美さんにだけは敬語を使わず話していたのも、じつはあのとき既に付き合っていたからだと言われると合点が行く。

 なんにせよ、瀧内くんは16年もかけて、6歳の歳の差を越え初恋の里美さんと結ばれたと、そう言うことだ。

 予想だにしなかった瀧内くんと里美さんの結婚話に、自分が今日結婚したことをうっかり忘れてしまいそうなほどの衝撃を受けた。


「って言うか……玲司、昨日入籍したのに、なんで今日ここで晩御飯食べてるねん?家で里美さん待ってるんとちゃうん?それともまだ一緒には暮らしてへんのか?」


 そう言われてみればそうだ。瀧内くんがここにいるのがあまりにも当たり前すぎて、葉月が突っ込むまで誰も気付かなかった。


「僕のマンションで同居する準備はできてますけど、里美さんは年末休みに入るまで仕事で帰りが遅くなるので、実家から通勤してるんですよ」

「里美さんは実家からの方が会社近いんやな。そんなに遅くまで働いてはるん?」

「帰りは多分、日付が変わってからじゃないかと。僕のマンションから通うと終電に間に合わないんですよ。里美さんは免許持ってないから車通勤もできないし、今月はとりあえず実家から通って、実際に一緒に暮らすのは年末からになりそうです」


 そんなに遅くまで仕事をするなんて、かわいらしい容姿からは想像もつかないけれど、里美さんはバリバリのキャリアウーマンなんだろうか。


「仕事大変なんだね。ところで里美さんってどんな仕事してるの?」

「アパレルブランドの本社で広報部の部長をしてます」

「ぶっ、部長?!」


 キャリアウーマンかもとは思ったけれど、これは私の想像以上だ。

 会社の規模にもよるけれど、女性である里美さんが潤さんと同じ歳で部長をしているなんて、相当のやり手に違いない。


「志織、玲司からワンピースとかもらっただろ?小野はあのブランドのな……社長の娘なんだ」

「えっ?!里美さんって社長令嬢なの?!」


 国内だけの人気にとどまらず、海外でも人気のあの高級ブランドの社長の娘って……!


「まあ……経営者とか弁護士とか医者とか、そういう家の子がほとんどの学校だったからな。だから今一緒にサークルやってる高校時代のバレー部のメンバーはみんな、俺があじさい堂の社長の息子だって知ってても誰もそんなこと気にしてない。ちなみに志岐も玲司もその学校の同窓生だ」


 なんと、あのサークルの主要メンバーはセレブの集まりだったのか!

 みんなごく普通にバレーを楽しんでいたから、言われなければそんなことには気付かなかっただろう。

 超庶民の私から見れば、住む世界が違うと思ってもおかしくない人たちだけど、余計な情報を取っ払ってしまえば、みんなバレーが好きで集まった優しい人たちだ。そういう意味では、違う世界なんてないのかも知れない。



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