怪我とプリンの巧妙? ⑪
瀧内くんはもう遠くへ離れて行ってしまう人のような口ぶりで、潤さんを私に託した。
「え……?なんでそんなに改まって……」
「だって志織さんはこれから潤さんの妻になるんですよ?僕がいつまでも二人にくっついてたらおかしいでしょう」
「そう……なのかな?これから身内になるんだから、ずっと仲良くして欲しいと私は思ってるけど……」
「それはもちろん。でもそれはそれですから」
なんとなくわかったような、いまいちわからないような、曖昧な答えだ。ただひとつだけわかったのは、瀧内くんが潤さんのことを誰よりも慕い、とても大切に思っていると言うことだった。
私は少しでも自分の荷物を片付けようと、バッグの中から洋服を出そうとした。しかし片手だと、葉月がせっかくきれいにたたんで入れてくれたシャツがグシャグシャになってしまう。
「やっぱり片手だけで洋服をクローゼットにしまうのは難しそうですね。それはあとで葉月さんに手伝ってもらうことにして、リビングに戻りましょう」
瀧内くんはそう言うけれど、ただでさえみんなに迷惑をかけているのに、なんでもかんでも頼って甘えるわけにはいかない。
「でもこれくらいは自分でやらないと……」
「志織さんはなんでもすぐに自分だけでなんとかしようとするくせがありますよね。こんなときは周りに頼っても、誰もダメだなんて言いません。無理しないで、甘えられるときに甘えておいた方がいいですよ」
「うん……ありがとう、そうする……」
またしても読まれている……。瀧内くんには私の思考パターンを完全に把握されているようだ。
もしかすると瀧内くんって、読心術か何か、超能力の類いが使えるのではなかろうか。
「じゃあ行きましょう。あまり長い時間志織さんがいないと、潤さんが寂しがります」
「もう……またそういうことを……」
瀧内くんに冷静な顔で冷やかされ、また少し顔を赤らめながらリビングに戻ると、潤さんはダイニングセットのイスに座ってエビの殻を剥いていた。
伊藤くんはキッチンで葉月の隣に立ち、慣れない手付きで玉ねぎの皮を剥いている。
「葉月さん、僕も何か手伝います」
瀧内くんはカウンター越しに葉月に話しかけた。葉月は大量のキャベツをみじん切りにしながら顔を上げる。
「ほな、ニンジンの皮でも剥いてもらおか。ピーラーくらいは使えるやろ?」
「ぴーらー?」
「なんや、そんなんも知らんのかいな!皮剥き器のことやんか!使い方教えたるからこっち
「仰せのままに」
瀧内くんがキッチンに行くと、葉月は瀧内くんにピーラーとニンジンを持たせ、皮剥きの仕方を教え始めた。
この二人はまるで仲の良い姉弟のようだ。見ていると面白くて、なんとなく気持ちが和む。
しかし私だけボーッとしているのは落ち着かない。私も何か、片手で手伝えることはないだろうか。
「葉月、私も何か手伝いたいんだけど……」
「でも志織は左手使えんやろ?片手でできることなんか……あっ、そうや。志織、アレできる?片手でコンコンパカッて……」
葉月は右手に包丁を持ったまま、左手で卵を割るゼスチャーをして見せた。
「片手で卵割るの?うん、できるよ」
「じゃあ卵割ってもらおかな。そっち持って行くわ」
洗面所で右手を洗ってから潤さんの向かいに座って待っていると、葉月が卵とボウルを用意してくれた。その卵の量が、思っていたよりずいぶん多い。
「多めに焼いて明日のお昼にも食べよう思てるから、卵ようさん使うねんけど……」
「うん、わかった」
早速右手で卵をボウルに割り入れると、その様子を見ていた葉月と、わざわざキッチンから出て見にきた伊藤くんが「おぉーっ」と感嘆の声を上げる。
「すげぇ!俺、そんなことできるのプロの料理人だけだと思ってた!」
「うまいもんやなぁ。私、それ練習してんけどできんかってん」
「葉月ができなかったことやれんのか!佐野、やるなぁ!」
たいしたことはしていないのに、そんなに大袈裟に誉められるとなんだか照れくさい。
「いやいや……そんな難しいことじゃないから……」
「俺もできるぞ」
潤さんは左手をおしぼりで拭いて卵をひとつつかみ、ボウルの中に割り入れた。
「すげぇな潤くん!利き手じゃないのに左手でもできんのか!」
「両手でいっぺんに2個割れる」
「やべぇ、マジか!見たい!」
興奮気味の伊藤くんに持ち上げられて気を良くしたのか、潤さんは右手もおしぼりで拭いて両手に卵を持ち、鮮やかな手付きでいっぺんに割って見せた。
「さすが潤くん!マジやべぇ!!」
もはや何がヤバイのかよくわからないが、伊藤くんは目を輝かせ、潤さんに尊敬の眼差しを向けている。
瀧内くんは初めてのピーラーに苦戦しているのか、キッチンから一歩も動かずニンジンと対峙している。
いとこ同士とは言え、ずいぶんタイプが違うなと思う。
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