怪我とプリンの巧妙? ⑤

 瀧内くんの提案に一番最初に食いついたのは伊藤くんだった。


「それいいな!久しぶりにみんなそろうことだし、退院祝いにパーティーやろう!」


 瀧内くんと同様、伊藤くんもホームパーティー的なものが好きらしい。みんなでワイワイにぎやかに過ごすのが好きなのかな。


「パーティーて……料理はどうすんのよ」


 葉月は私が怪我をしていて料理ができないから、ひとりで用意するとなると大変だと思ったのだろう。少し顔がひきつっている。


「潤さんの家にホットプレートありましたよね?大きいやつ」

「ああ、あるよ」


 潤さんは一人暮らしなのにそんなものまで持っているのか。

 潤さんが甲斐甲斐しく伊藤くんや瀧内くんに焼き肉なんかを食べさせている姿が目に浮かぶ。


「前はタコ焼きだったから、今度はお好み焼きがいいですね、葉月さん」


 瀧内くんにそう言われると、葉月は俄然やる気が出たようで、得意気に拳で胸を叩いた。


「任しとけ!めっちゃ美味しいの作るで!」

「さすが葉月、生粋の関西人!」


 伊藤くんに持ち上げられて、葉月はまんざらでもなさそうな顔をしている。

 タコ焼きとお好み焼きは関西人のソウルフードと呼ばれるくらいだから、味にうるさいだけでなく自分で作るのも得意らしい。


「じゃあ今日の帰りにみんなで買い物に行って、食材は潤さんの家の冷蔵庫に入れておきましょう。帰りが遅くなるので潤さんの車を借りてみんなを送りますね」

「うん、頼むよ」


 潤さんは返事をしながら私の口にプリンを運ぶ。やっぱり恥ずかしいから早く食べ終わりたいけれど、自分で食べているわけではないし、おまけにプラスチックの小さなスプーンではなかなか減らない。


「潤さん……やっぱり私、自分で食べるから」

「遠慮しなくていいのに……。でも志織がそこまで言うなら」


 潤さんからプリンとスプーンを返してもらってモタモタしながら食べていると、瀧内くんが空になったプリンの容器を箱の中に置いて私の方を見た。


「利き手じゃなくても、片方使えないとやっぱり大変そうですね。いつも食事は葉月さんが作ってるんですか?」

「遅くなったときは弁当とか惣菜買うて帰ることもあるけど、だいたいは私が作ってるで。言うても簡単なもんばっかりやけどな」


 簡単なものだと葉月は言うけど、手早く美味しいものが作れる葉月はすごいといつも感心する。


「葉月のごはん、美味しいよ。ひとつの料理で次の日は別の美味しいもの作ってくれるし。カレーの次の日はカレーうどんで、焼きそばの次の日にはそばめしが出てきた」

「焼きそばに味付け直して、ごはんと一緒に炒めるねんな。うちのオカンがいつもやってたから、私もそれが定番やねん」


 私の母はそばめしなんて作ってくれたことがなかったし、娘の私も焼きそばとごはんを一緒に炒めるなんて言う発想はなかった。

 そばめしは神戸が発祥の地だと聞いたことがあるから、関西では馴染み深い食べ物なのかも知れない。


「葉月のそばめし、うまいよな」


 なぜか伊藤くんが得意気にそう言うと、瀧内くんはうらやましそうな顔をして葉月を見る。


「葉月さん、僕も食べたいです」

「ええよ。じゃあ明日は焼きそばとそばめしも作ろか。志織は怪我してるんやから、あんたら手伝いや」


 葉月に手伝いを任命された伊藤くんと瀧内くんはお互いの顔を見合わせる。


「玲司、料理できるか?」

「できません。志岐くんも同じでしょう?」

「いつも潤くんか葉月が作ってくれるからな。包丁なんか調理実習以来持ったことない」

「僕もです」


 潤さんと葉月は、今時男子のわりに料理がまったくできない伊藤くんと瀧内くんを呆れた様子で見ている。


「情けないな、おまえら……。少しは努力しろよ。そんなんじゃ将来困ることになるぞ」

「せやで!歳取ってから嫁に愛想つかされて野垂れ死ぬやっちゃ!」


 葉月の過激な言葉に、伊藤くんと瀧内くんは顔をひきつらせている。

 この二人はお金には困っていないだろうし、食事なんてどうにでもなるのだろうけど、『嫁に愛想をつかされて』と言う一言は相当こたえたらしい。

 伊藤くんは葉月に捨てられる絶望的な未来の姿でも想像してしまったんだろうか。モテるのだからお相手なんか腐るほどいるだろうに、本人にはモテる自覚も、別の女性と再婚して面倒見てもらおうと言う考えもないようだ。


「それはものすごく困るなぁ……。玲司、俺と一緒に料理の練習する?」

「料理の練習はしてみる価値がありそうですけど、志岐くんと一緒にはしません」

「なんでだよ!おまえいっつも俺には冷たいな!」


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