怪我とプリンの巧妙? ④

「なんだ……。俺はあのとき断られた上に『下坂課長補佐にあげて』とか言われるし、志織は有田課長が好きだから受け取ったのかなとか、俺と下坂課長補佐をくっつけたいのかなとか思って、かなり落ち込んだんだけどな……」

「あのプリンにそんなジンクスがあるなんて知らなかったから。それに下坂課長補佐がプリン大好きだって言ってたし……。1回目のときも下坂課長補佐にあげたんでしょ?」


 私が尋ねると、潤さんは真顔で首を横に振った。


「めったに買えないプリンをせっかく買えたんだからと思って、2回とも自分で食べたけど?」

「あれ?下坂課長補佐はもらって食べたって……美味しかったって言ってたよ?」

「ああ……。志織を牽制するためじゃないかな、あの人もきっとプリンのジンクスを若い子達から聞いたんだよ。それにあの人が昔からプリン大好きって言うのは嘘だと思う。俺は一度も聞いたことないから」


 なるほど、そういうことか。

 下坂課長補佐は私も当然社食のプリンのジンクスを知っていると思って、潤さんからもらって食べたと言ったんだろうけど、これも私が知らなかったことで大誤算だと言える。

 そりゃたしかに少しはムッとしたけど……。

 うちの会社の社員たちはどれだけあのプリンに振り回されているのか。販売戦略として勝手に作り上げたジンクスを社員に流したのだとすると、プリンを作っている千代子おばちゃんはものすごい策士なんじゃないかと思う。


「プリンひとつで幸せになれたら誰も苦労しないのに、『幸せになれる』って言われると信じちゃうってことは、みんな幸せになりたいと思ってるんだね」

「俺もそのうちのひとりだけどな。……うまくいかなかったけど」

「そうかな?『幸運を運ぶプリン』とも呼ばれてるらしいから、あながちうまくいかなかったとも言い切れないんじゃない?」

「だったらもっとすんなり運んで来て欲しかったな……」


 潤さんはため息混じりにそう言って私を抱き寄せた。


「でもまぁ……いろいろあったけど、今はこうして志織がそばにいてくれるんだから、それでいいか」

「『禍転じて福となす』って言うもんね」


 私がそう言うと、潤さんは少し首をかしげた。


「それもいいけど『怪我の功名』の方がしっくり来るな。事故にあってなかったら、お互いになかなか素直になれなかったかも」

「それはそうだけど……これくらいの怪我で済んだから言えることだね」

「たしかにな。それはお互い『不幸中の幸い』ってとこか。プリンのおかげかな」


 潤さんは苦笑いを浮かべながら私の頭を優しく撫でた。

 潤さんとの今があるのがラッキープリンのおかげなら、その恩返しとして、会社のみんながプリンに抱く淡い夢と希望を廃れさせないために、潤さんが職場に復帰したら二人で社員食堂に行って、仲良くプリンを食べてみようかと思う。

 そうすればまた新たなジンクスが生まれるかも知れない。



 翌日の仕事のあとは、会社の近くのパティスリーで買ったプリンを持って、葉月と伊藤くん、瀧内くんと一緒に潤さんの病室に足を運んだ。

 潤さんの退院日が金曜日になったことは昨日の夜に葉月に話していたから、伊藤くんと瀧内くんも知っている。これには3人とも驚いた様子だった。

 病室でみんなでプリンを食べようとしたけれど、私は片手しか使えずなかなかうまく食べられない。

 それを見かねた潤さんが私のプリンとスプーンを手に取り、口に運んでくれたけれど、みんなの前で甘やかされるのは恥ずかしい。

 みんなはプリンを食べながら私たちを見てニヤニヤしている。


「潤さん……私、自分で食べられるから……」

「でもさっきから全然減ってないじゃん。ほら、口開けて」

「みんな見てるし恥ずかしいんだけど……」

「志織は怪我してるんだから、そんなの気にするな」


 潤さんの方がよほどひどい怪我をしているのに、怪我人扱いされてしまった。

 私は恥を忍んで口を開き、雛鳥のようにプリンを食べさせてもらう。


「やっぱり潤くんは佐野にだけは甘いな」

「激甘やろ」

「俺もやってやろうか?ほら葉月、あーん」

「なんでやねん!せんでええわ!」


 葉月は赤い顔をして伊藤くんに突っ込みを入れた。伊藤くんも葉月にはじゅうぶんすぎるほど激甘だと思う。


「潤さんは明日の午後に退院するんですよね?誰か迎えには来られるんですか?」


 瀧内くんがプリンを食べる手を止めて尋ねた。こんなときにも瀧内くんだけは冷静だ。


「いや、その時間はみんな仕事中だし、タクシーで帰る。荷物は運転手が運んでくれるらしいから、ひとりで大丈夫だ」

「じゃあ仕事が終わったら潤さんの家に行きますけど……みんなで退院祝いでもしますか」


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