怪我とプリンの巧妙? ②
「そらアレやで」
アレってなんだ?
関西人の癖なのか、葉月はよく大雑把に『アレ』で話を片付ける。いつもは話の流れでだいたいの意味がわかるけど、この話に関しては『アレ』がなんなのかさっぱりわからない。
「アレって?」
「アレはアレやん?」
「さっぱりわからないんだけど……」
「ほな、三島課長に聞いてみ」
定時になって仕事を終えると、潤さんのお見舞いに行くのが最近の私の日課になっている。
今日も病室を訪れると、潤さんはベッドの上で左足のリハビリをしていた。肋骨の痛みがおさまってきたので、数日前からようやくリハビリを開始して、一日も早く職場とバレーに復帰できるようにと頑張っている。
潤さんは私の顔を見るとリハビリ中の足を休めてニコッと笑った。
「おかえり。お疲れ様」
「ただいま」
私がそばに行くと、潤さんは両手を伸ばして私を抱き寄せ、唇に軽く口付ける。
「今日はひとりなんだな」
「バレーの練習日だからね」
葉月は何度か伊藤くんに付き合ってバレーの見学に行っているうちにメンバーと仲良くなり、最近バレーサークルのマネージャーになった。
練習中には球拾いを手伝ったりもするけれど、主な仕事は施設の管理表を記入したり、チームの日誌をつけるなど、リーダーの渡辺さんがやっていた細かい雑用を任されているらしい。
「俺も早くバレーやりたいなぁ」
「私も」
「でもその前に職場復帰して、松葉杖なしで普通に歩けるようになったら、志織とちゃんとデートしたい。前のデートは恋人のふりだったから」
「うん、そうだね。どこに行こうかな」
いつか二人で行ってみたい場所や、やってみたいことを話した。
特別なことはなくても潤さんといるだけで幸せだけど、こんな風に一緒に先のことをあれこれ考えるのはとても楽しい。思い描いた未来の中に潤さんがいて、その隣に私がいる。
二人で話した『いつか』がひとつずつ現実に変わっていくといいなと思う。
「あー……早く退院したい……」
「もう少しの辛抱でしょ」
「一日中病院のベッドの上にいると、そのもう少しが長いんだよな」
潤さんは担当医が驚くほど回復が早く経過が順調なので、来週の月曜日に退院して自宅療養することになっている。
家に帰ると何かと不便ではないかと思うけど、不自由なことは瀧内くんや伊藤くんが手伝ってくれるそうだ。
「毎日志織が会いに来てくれるのは嬉しいけど……いくら個室って言っても、やっぱりここじゃ落ち着かないもんな」
「そう?」
「うん、なかなか二人きりになれないから」
そう言って潤さんが私を抱き寄せて顔を近付けるのと同時に、ドアをノックする音がした。潤さんは慌てて私から手を離し、不服そうにため息をつく。
「な?これだから……。はい、どうぞ」
潤さんが返事をすると、若い男性の看護師がドアを開けた。
相変わらず女性が苦手な潤さんは、入院当初は傷の痛みより若い女性看護師の度を越した看護と熱すぎる視線に耐えきれず、看護師長に事情を説明して担当をこの男性に替えてもらったそうだ。
彼が休みの日は、ベテランの貫禄たっぷりの看護師長自ら担当してくれるらしい。
「三島さん、今日の診察で経過が良かったので、先生から今週金曜日の退院許可がおりました」
「ホントですか?!」
「はい、リハビリも順調ですから、退院後はご自宅と通院でリハビリを続けてもらって、週1の診察になるそうです。でも職場復帰するのは先生からの許可がおりてからと言うことで、それまでは無理せずご自宅で療養に専念してくださいね」
「わかりました!」
男性看護師が病室を去ると、潤さんは嬉しそうに笑って私を抱きしめた。
「やった!やっと帰れる!」
「潤さんすごい……!最初に言われてたより10日も早く退院できるなんて……」
「これで少しは志織とゆっくりできる」
「瀧内くんと伊藤くんがお世話に来てくれるのに?それに私も葉月にお世話になってるし……」
私がそう言った途端、潤さんはがっくりと肩を落とした。
「ああ……そう言えばそうだった……。俺も志織も普通に生活できるまでもうしばらく助けが必要だもんな……」
「私が怪我してなかったら潤さんのお世話できるんだけど、私もギプス取れるまであと半月くらいはかかると思うし……。しばらくはありがたくみんなの厚意に甘えるしかないね」
「そうだな。じゃあ二人きりのときくらいはもっとイチャイチャしよ」
潤さんは私を抱きしめて頬ずりをする。
「イチャイチャって……」
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