怪我とプリンの巧妙? ①
翌日の水曜日から職場に復帰した。
部署のみんなは、怪我をして片腕が不自由な私のことをとても気遣ってくれて、私が困っているとすぐに助けてくれる。
私が休んでいる間、有田課長は私の分の仕事まで引き受けて、 朝早くから夜遅くまで頑張ってくれていたそうだ。
朝は葉月に身支度を手伝ってもらい、ラッシュになる前の少し早い時間に一緒に通勤して、普段と同じようにとはいかないけれど、できる限りの仕事をこなす。
昼休みは社員食堂で葉月と待ち合わせ、一緒に昼食を取る。
部署が変わってからは私の仕事の都合で別々に昼休みを過ごすようになっていたから、こんなに葉月と一緒にいるのは久しぶりだ。
私が職場に復帰してからちょうど1週間経ったその日、いつものように社員食堂で一緒に昼食を取っていると、葉月が何か思い出したようで、日替わり定食のぶりの照り焼きを箸で切り分けながら「そうそう」と話を切り出した。
「歓迎会の前に、志織と有田課長が付き合ってるとか、三島課長が志織にフラれたとか噂が流れてたやん?」
二次会での潤さんの婚約者宣言からは社内でも私と潤さんの関係が認知され、職場復帰後はたまに潤さんの様子を聞かれたりもするようになっていたからすっかり忘れていたけど、たしかにそんな噂があったな。
「ああ……あったねぇ。でもあんな噂、誰が流したんだろう?」
「誰が流したっていうか……噂になった原因は志織の行動にあるんやけどな」
私は葉月の言葉に驚き、口に含んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「えっ、何それ?!どういうこと?」
「志織、三島課長がプリンくれようとしたの、断らんかった?」
「プリン……?ああ、うん、断った」
「有田課長にプリンあげたりもらったりした?」
「したけど……それがどうかした?」
「やっぱりな。全然知らんやろなとは思てたけど、原因はそれや」
葉月は歓迎会のときに営業部の若い女子社員から聞いた話だと前置きをして話してくれた。
「あのプリン、買えたらラッキーやからって言うだけの理由で『ラッキープリン』って呼ばれてるんちゃうねん。幸運を運ぶプリンやから『ラッキープリン』やねんて」
「それはまた大層な……。でもそれがどうして噂に結び付くの?」
「元々はラッキープリンを好きな人に渡して、受け取ってくれたらカップルになれるって言うジンクスがあったみたいなんやけど、それがだんだん変わってきてきて、プリン渡すのが『好きです、付き合ってください』で、受け取ったら『OK』、受け取らんかったら『ごめんなさい』ってことになったらしい」
「なんじゃそりゃ……。バレンタインじゃあるまいし……」
今どき学生でもそんな回りくどいことはせずストレートに告白するだろうに、毎日同じことのくりかえしで退屈なのか、会社と言うせまい世界の中では子どものような恋の駆け引きが常識化しているらしい。
「あと、ひとつのプリンを一緒に食べるのと、お互いに買ったプリンを交換して食べるんは『私たちはカップルですよ』て言うことなんやて。まぁ、ただの同僚やったら普通はせんわな」
「くだらない……」
あまりのくだらなさと幼稚さにため息がもれた。
たかがプリンひとつで身に覚えのない噂を流されたのだと思うと、若い子たちの想像力……いや、妄想力はどこまで豊かなんだと呆れてしまう。
「ところでなんで三島課長からプリンもらわんかったん?」
「私はそんなの知らなかったけど……1回目は話の途中で下坂課長補佐が来てそれどころじゃなくて……」
あのときは潤さんが元カノの下坂課長補佐を今でも好きなのだと勘違いしていたし、前日の車の中で起こったことが気になっていたからその場にいられなくて、プリンを譲って欲しいと言う下坂課長補佐にあげたらどうかと言って断ったと話すと、葉月はニヤニヤし始めた。
「1回目言うことは2回目もあるん?」
「2回目はちょうどプリンを食べたところだったし、もうお腹いっぱいで」
寝過ごして出社したあの日、有田課長から缶コーヒーをもらったら『お返しは社食のプリンでいい』と見返りを要求され、運良く買えたプリンを献上すると『これ食べて元気出せ』と返品された。
何も考えず美味しく食べ終わったあとに潤さんがプリンを渡そうとしてくれたけど、お腹がいっぱいだからと断り、そのときもプリン好きな下坂課長補佐にあげたらどうかと言ったら、潤さんは『自分で食べるからいい』と言った。
「そう言えばあのとき、潤さんが言ってたな。『また先を越された』とか、『ホントに俺はタイミングが悪いな』とか……。なんのことだろうって思ったんだけど……」
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