Accidents will happen ⑱

 父が言っていた、『潤くんは志織のことを信じきれていない』と言うのは、このことだったんだろうか。

 いつも余計なことは言わない穏やかで優しい父が、潤さんの焦りや私に対する後ろめたさを見透かした上で厳しい一言を言ったのだとすると、あの父も母と同様にしたたかで、一筋縄ではいかない人なのかも知れない。


「そうなんだ……。だからあんなに急いでたの?」

「うん……。まぁ、志織は他の人と真逆の反応だったから余計に焦ったんだけどな」

「どうしても先入観が邪魔して……。母がそれに気付かせてくれたんだけど……」

「お母さんが?」


 私は潤さんに、母がネットで検索してプリントアウトした潤さんのお父さんの記事を渡してくれたことと、記事を読んで母の言った通り自分の持っていた『大企業の社長』の先入観が覆ったことを話した。


「私の好きになった潤さんは、しっかりお父さんやおじいさんたちの心を受け継いでるんだなぁって思った。だから潤さんがまだ私と一緒にいることを望んでくれるなら、私はその気持ちに応えたいし、この先何があってもずっとそばにいて潤さんを支えていきたい」


 今の私の精一杯の素直な想いを伝えると、潤さんはうつむいて私の右手を握り「ありがとう」と呟いた。

 私の目には、潤さんが少し涙ぐんでいるように見えた。


「潤さん、もしかして泣いてるの?」

「……泣いてない」


 潤さんは片手で私の頭を胸に抱き寄せて、その隙にもう片方の手で目元を拭った。

 そして私の頬を両手で包み込み、まっすぐに私の目を見つめる。


「改めて言うよ。一生志織だけを愛して大切にするから、俺と結婚してください」

「はい、よろしくお願いします」


 私が笑ってそう言うと、潤さんも嬉しそうに笑った。


「もう何があっても離さないからな」

「私も絶対に離れない」


 抱きしめ合ってキスをしたあと、潤さんは「いてて……」と声をもらして肋骨を押さえる。


「もしかして、痛いのずっと我慢してた?」

「うん、まぁ……ちょっとくらいはカッコつけないとって思って……」

「無理しなくていいのに」


 私たちは額をくっつけながら、お互いの痛々しい姿に苦笑いを浮かべた。


「カッコ悪いプロポーズだなぁ……」

「でもきっと、何年経ってもずっと忘れないと思う」

「それならまぁいいか」


 潤さんはベッドにもたれて、私の頭を優しく撫でる。


「事故にあって死ぬかもって思った瞬間に、志織の泣きそうな顔が浮かんだんだ。死ぬ前にもう一度会って謝りたいなとか、もっと一緒にいたかったなとか、俺の手で志織を幸せにしたかったなぁって」


 人間が死を覚悟した瞬間に、心残りなことや大切な思い出が走馬灯のように蘇ると言うけれど、潤さんの脳裏をよぎったのは私のことだらけだったようだ。

 そんなにも私のことを想ってくれていたのだと知って、嬉しさのあまり口元がゆるむ。


「病院のベッドの上で目が覚めたとき、せっかく命拾いしたんだからもう一度志織に好きだって言って、何年かかっても志織の気持ちを取り戻して、今度こそ絶対に志織を幸せにしようって思った」

「ありがとう……すごく嬉しい……」


 後悔するばかりでなく、潤さんが前向きに私との未来を考えてくれていたのだと思うと嬉しくて、今度は涙が溢れた。

 潤さんは私の涙を指先で拭って笑みを浮かべる。


「ずっと片想いだったこと考えたら、好きだって気持ちを伝えられたし、志織が好きだって言ってくれて、一度でもこの手で抱きしめられて、本当に幸せだったと思ってあきらめようとしたんだけど……あの幸せを知ったら、そんな簡単にあきらめられるわけないよな。もっと志織を愛したい、もっともっと志織に愛されたいって、欲が出てきちゃったから」

「うん……。私も前は潤さんが幸せになれるならと思ってあきらめようとしたけど、今は潤さんの思う幸せの中にいたいと思ってる。他の人が知らない潤さんをもっとたくさん知りたいし、一緒に幸せになりたい」

「なろうよ、二人で。いや……そのうち子どもができて家族が増えたら、もっと幸せかな」

「潤さん、気が早い……」


 二人で描く未来はとてもあたたかく、穏やかで優しい。

 他の人とは違う特別豪華な生活とか、誰もがうらやむようなステータスとか、そんなものは欲しいと思わない。

 私が望むのはただひとつ、潤さんとお互いを想い、どんなときも支え合って、これからの生涯を共にすること。それだけだ。

 だから私は、今の気持ちを大事にしようと思う。




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