Accidents will happen ⑧
葉月は縦長のトートバッグの中から会社の封筒を取り出して私に差し出す。
「これ、今朝有田課長から預かって来てん。労災とか有給申請の書類とか入ってるんやて。ホンマは有田課長が持って来るつもりやってんけど、今日は会議が長引きそうやから、昼休みもまともに取れそうにない言うてた」
「ありがとう」
葉月から封筒を受け取りながら、潤さんはどうしているのかと思う。
潤さんも課長だから会議に出席しているのかも知れない。だけど昨日も来てくれなかったということは、ただ忙しいからなのか、それとも私とはもう個人的には会わないつもりなのかとも思う。
そんなことを考えていると、母が「コーヒーでも買ってこようか」と私に尋ねた。
「どうぞおかまいなく」
瀧内くんはそう言ってから、チラッと私の方を見る。
「駅の階段から派手に落ちたんですってね」
「ああ、うん……」
「他人を巻き込むこともなく、命に関わるような大怪我じゃなくて良かったですね」
「奇跡的にね。みんなエスカレーターを使うからかな、階段にはあまり人がいなくて、一番上から下まで一気に転げ落ちたらしいよ。私は意識がなかったから覚えてないんだけど」
瀧内くんの言う通り、落ちる途中で他人を巻き込んでいたら大変なことになっていただろう。そう考えるとゾッとする。
「退院後はどないすんの?お母さんにいてもらえるん?」
「いや、それがね……」
父がギックリ腰になって捻挫もしてしまい、しばらくは介助が必要だから自宅で母の世話になるのは難しいと答えると、葉月は少し考えてから、ポンと手を打った。
「ほな、ギプス取れるまでの間、うちにおいでや。志織のことやからさっさと職場復帰するつもりやろし、一人やと風呂にも入れんやろ?」
「それはありがたいけど……ギプス取れるまで1か月近くかかるらしいし、いくらなんでも葉月に悪いよ」
「遠慮せんでええって。介護でもなんでもしたるて言うたやろ?」
「だから介護って……!」
葉月は早速母に「お母さんもお父さんのお世話で大変やと思いますし、有給明けたら志織をうちで預かってもええですか?」と尋ねた。
母は恐縮しながらも、葉月のありがたい申し出を受けてお礼を言っている。
「じゃあとりあえず、有給終わる日の晩に志織の実家まで志岐と一緒に迎えに行くから、しばらくうちに来れるように準備しといてな」
母もよほど困っていたと見えるので、ここはありがたく葉月の厚意に甘えることにした。
「うん……ありがとう。申し訳ないけどしばらくお世話になります」
「ところで……志織、これからお昼ごはんやんな。私らも買ってきたから、ここで一緒に食べてもええ?」
「もちろん」
母は病室のすみにあったイスを出して葉月たちにすすめる。イスの数はちょうど3脚で、母の分のイスが足りなくなった。
潤さんのことも聞きたいし、申し訳ないけど母には席を外してもらおう。
「お母さんも今のうちにお昼済ませて来たら?ここの病院の食堂、安くて美味しいらしいよ」
私がそう言うと母は私の意図を察したのか、「そうさせてもらうわ」と言って財布を手に病室を出た。
一緒に食事をしながら、潤さんとのことを瀧内くんと伊藤くんにも話した方がいいのかと考える。
潤さんは仲の良いいとこの伊藤くんや瀧内くんにもあまり自分のことを話さないようだし、もし知られたくないのだとしたら、私の口から勝手に話すのも気が引ける。
ここはひとつ、遠回しに探りを入れてみようか。
「昨日はバレーの練習日だったんでしょ?」
私が尋ねると、瀧内くんが二つ目のおにぎりの包みを開けながら顔を上げた。
「そうですね。志織さんのことは練習が終わったあとに、葉月さんから志岐くん経由で聞きました。命に別状はないと聞いたので、お見舞いは今日にしようと言うことになったんです」
昨日も思ったけど、いつの間にか葉月と瀧内くんが『玲司』『葉月さん』と呼び合っている。
伊藤くんと瀧内くんはいとこ同士だけど兄弟も同然だし、伊藤くんと葉月が結婚したら親戚になるのだから、と言うことでそうなったんだろうか。
「そうなんだね。仕事忙しいのにわざわざごめんね」
昨日は潤さんも一緒だったの?と聞きたいところだけど、あまりにも露骨すぎやしないだろうか。
どうやって潤さんのことを尋ねようかと思っていると、ペットボトルのお茶を飲んでいた伊藤くんが口を開いた。
「ところで佐野、金曜の夜は本当になんにもなかったのか?」
「えっ?!」
意外なところから直球が飛んできてうろたえた私は、一瞬箸を落としそうになった。
「なんにもって……何?」
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