Accidents will happen ⑦
ガーゼがついているのは私だって知っている。
「そうじゃなくて……」
私がそう言うと、母は私の言いたいことがわかったようで、「ああ」と呟く。
「あんた、痩せたんじゃない?いや、痩せたってよりは、やつれたって感じかしら」
葉月と同じく母もまた、私の些細な変化に気付くようだ。
「そんなにひどい……?」
「ひどいわねぇ。あんたのことだから、あれからずっと悩んでたんでしょう?」
図星を突かれ、どう答えれば良いのかと考えながら視線をさまよわせていると、母はため息をついた。
「図星のようね。それで、潤さんとはちゃんと話し合ったの?」
潤さんに言われたことをそのまま母に伝えるのはなんとなく気が引けて、私はとりあえず、その話自体をなかったことにしようと決めた。
「あんまり……。日曜日はちょっと冷静に話せる状態じゃなかったし、月曜から昨日までは急な出張が入って会わなかったから」
「ふーん……。あんたがひどい顔してるから、私はてっきり別れたのかと思ったわ」
「……そんなことはないから」
「それならいいんだけど」
もしかしたら母は私が嘘をついていることに気付いているのか、『一応そういうことにしておこう』とでも言いたげな顔をした。
いや、考えすぎか?私が嘘をついて後ろめたいと思っているからそう感じるのかも知れない。
これ以上突っ込まれるとボロが出て嘘がすぐにバレてしまいそうなので、無理やりにでも話題を変えようと、私は頭をフル回転させて別の話題を探す。
「そう言えば……昨日なかなか連絡がつかなかったって看護師さんが言ってたけど、何かあったの?」
「昨日ねぇ、お父さんが大変なことになっちゃって」
「お父さんが?」
詳しく話を聞いてみると、父は昨日の昼過ぎに仕事が終わって家に戻り、母と一緒に昼食を取ったあと、授業に使うプリントを作るためにリビングでパソコンに向かっていたのだが、しばらく経って書斎に資料を探しに行こうと立ち上がりかけたとき、突然腰に激痛が走って転倒し、その拍子に足も捻挫して動けなくなったらしい。
母が急いでタクシーを呼び病院へ連れて行ったそうだが、父は何も持つ余裕もなく携帯を家に置いたまま出掛け、母に至ってはタクシーの中で兄に電話してそのまま膝の上に携帯を置いていたのを忘れ、タクシーから降りるときに地面に落として思いきり踏みつけ壊してしまったのだという。
しかたなくそのまま受診したのだけど、病院は大変混雑していて、順番が来るまでに1時間半ほど待たされたそうだ。
診察後も薬をもらうまでに長い間待たされ、足と腰を痛めた父はひとりで歩くこともままならず、兄に迎えに来てもらって、家に帰りつく頃にはすっかり夜になっていたと母は言った。
家に帰って15分ほど経った頃にこちらの病院から電話がかかってきて、私が事故にあって搬送されたと知らせを受けたらしい。
そして母は携帯ショップに行く暇もないから今も携帯は壊れたままだとぼやいた。それはいくら電話しても繋がらないはずだ。
なんと言うタイミングの悪さだろう。
「お父さんのギックリ腰と捻挫、かなりひどくてね、ひとりで動けないのよ。今日はたまたまお兄ちゃんが仕事が休みだったから家に来て付き添ってくれてるんだけど、すぐには治りそうもないし、治ったあともまた急にギックリ腰再発ってことも考えられるから、私がこっちで志織に付きっきりと言うわけにもいかないの。うちに帰ってくれば面倒見てあげられるんだけど」
腕を骨折しただけだから、会社に行ってある程度の仕事はできるので、労災の休業補償を受けるのは難しいだろうし、何日かは有給を使って休んだとしても、あまり長く休むのは職場に迷惑がかかるので、来週には復帰するつもりでいる。
しかし治るまでの約1か月間、この腕で実家から片道2時間ほどかけて通勤するのはかなり厳しい。
「うーん……。私もそんなに長くは仕事休めないし、実家から会社まで遠いから、治るまで毎日通うのは大変だなぁ……」
ひとりでなんとか生活できるのならいいけれど、利き腕ではないにしても片腕が使えないとなると、普段は普通にできることも、片手でできなくて困ることがいろいろありそうだ。
どうしようかと考えていると、配膳係りの女性が昼食を運んできてくれた。
「あら、もうお昼なのね。私も売店で何か買ってこようかしら」
母がそう言ってイスから立ち上がるのと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と返事をするとドアが開き、葉月と伊藤くんと瀧内くんが姿を見せた。
3人が挨拶をすると、母は「志織がいつもお世話になっております」と頭を下げる。
もし退院後に私が実家に帰るとなかなか会えないだろうから、病院にいるうちに一度顔を見ておこうと言って、伊藤くんと瀧内くんの外回りの合間に、葉月は部長に外出許可をもらって一緒に来てくれたのだそうだ。
あと数時間で退院する予定なのに、まさか来てくれるとは思わなかった。
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