Accidents will happen ①
よく眠れないまま月曜の朝を迎えた。
けたたましく鳴り響く目覚まし時計のアラームを止めて、今日が日曜なら良かったのにと思いながら起き上がる。
顔を洗いながら、今日は社員食堂には行かずに、できるだけ潤さんとは顔を合わせないようにしようと考えていると、スマホの着信音が鳴った。
タオルで顔を拭いて、こんな朝早くから誰だろうと思いながら部屋に戻ってスマホの画面を見ると、発信者は有田課長だった。
「おはようございます、佐野です」
『おはよう。朝早くに悪いな』
有田課長はまだ少し眠そうな声をしている。
「はい、何か急用ですか?」
『急で悪いんだけど、今日から水曜まで出張頼めるかな?』
詳しく話を聞くと、今日から関西の支社と工場へ出張することになっていた川本くんが急な発熱で仕事を休まざるを得なくなってしまったのだけど、仕事の内容を把握している者が課長と私以外におらず、課長は今日と明日は大事な会議があって行けないので、私に行って欲しいと言うことだった。
そういうことならしかたがない。それに会社には行きづらいと思っていたところだし、出張の代役は私にとって好都合だ。
『新幹線のチケットと必要な資料を渡すから、一度会社に寄ってくれる?』
「わかりました」
『申し訳ないけど頼むよ。水曜の夕方にはこっちへ帰って来られるはずだから』
だいたい水曜日は毎週バレーの練習があるし、出張から帰ったばかりだと言えば、練習を休む口実にもなる。
電話を切って、着替えや化粧品を急いでバッグに詰め込み、もし足りないものがあったら向こうで買うことにして、朝食も取らずに家を出た。
一度会社に寄って必要なものを受け取ったあと、再び駅に向かった。
資料を詰めた分だけさらに重くなったバッグをかついで、この荷物を持ってコンビニへ寄るのは大変だから、朝食は新幹線の車内販売で調達することにしようなどと思いながら歩いていると、正面から会社に向かって歩いてくる潤さんに遭遇した。
……どんな顔をしていいかわからないから、会わないようにしようと思っていたのに。
それでも無視して通りすぎることはできないので、挨拶くらいはしておこうと頭を下げる。
「おはようございます」
「おはよう……。朝からそんな荷物をかかえてどうした?」
いつも通り……いや、お互いの気持ちを伝え合う前と同じ態度の潤さんに、胸の奥が鷲掴みされたような痛みを覚える。
潤さんの中では、私とのことはすでになかったことになっているのかも知れない。
「今日から水曜まで出張です」
私が手短に答えると、潤さんは私の肩からバッグを取り上げた。
「大変だな。まだ時間あるし、駅まで送るよ」
そう言って潤さんは、超絶いい人の顔をした。
こんなときに優しくされたら泣いてしまいそうで、私は首を横に振る。
「いえ……大丈夫ですから……」
バッグを取り返そうとすると、潤さんは大きな手で、バッグの持ち手と一緒に私の手を握る。その手はあたたかく、あまりにも優しかったので、私は何も言えなくなってしまう。
「遠慮しなくていいよ。すぐそこだし……」
「……すみません」
『なかったことにしてしまおうか』なんて言ったくせに、不意打ちで手を握るなんて、潤さんはずるい。この手で素肌に触れられ抱きしめられたことを思い出して、もう一度私を抱きしめて欲しいと思ってしまうのに。
下を向いて黙ったまま潤さんの少し後ろを歩いていると、潤さんが急に振り返った。
「次の練習日は水曜なんだけど……水曜まで出張なら、さすがに練習に来るのは無理かなぁ……」
「そうですね……。練習の準備もしていないし、時間も間に合わないと思います」
そう言ったあとで、金曜の夜に『準備をしていない』と言って私を抱くことをためらっていた潤さんを思い出した。
そのあと紆余曲折の末にようやく身も心も結ばれ、幸せな気持ちで『ずっと一緒にいよう』と約束したのに、週が明けたら私たちはまた元の上司と部下に戻っている。
こんなに好きなのに、全部なかったことにして平気な顔をするなんて、私にはできない。この先潤さんと顔を合わせるたびにこんな気持ちになるのかと思うといたたまれない。
これ以上一緒にいるのがつらくて、私は潤さんの手から強引に荷物を取り返した。
「三島課長、ありがとうございました。本当にここでもう大丈夫ですから……失礼します」
頭を下げてバッグを肩にかけ、駅までの道のりを振り返らずに走った。
着替えと資料でいっぱいになったバッグより、向ける場所のない心の方が重かった。
関西支社に着くと、支社の社員との会議や工場と販売店の視察などをこなし、とにかく多忙で仕事をしている間は余計なことを考える暇もなかった。
夜になってようやく宿泊先のホテルへたどり着くと、入浴と簡単な食事を済ませ、何も考えずに済むように早々に床に就いた。
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