Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑫
「最初はそうだったかも知れません。でも僕が新入社員の歓迎会で先輩に勧められた酒を断りきれなくて悪酔いしてしまったときに、志織さんが介抱してくれたんですけど、触られてもまったくいやじゃなくて、それどころか背中をさすってもらっただけですごくラクになって……。ああ、やっぱりこの子のことが好きなんだなぁと……」
たしかにそんなことがあったような気がする。
ザルの私は散々飲まされても平気な顔をして帰ろうとしていたのだけど、店の奥にあるトイレの手前の通路で苦しそうにうずくまっていた潤さんを見つけ、声をかけて水を渡し、背中をさすりながら少しの間そばについて様子を見ていた。
当時の私は、潤さんが女性に触られることが苦手だとはもちろん知らなかったから当たり前にそうしたけれど、ただそれだけのことだったのに、潤さんの中では私を特別だと思うきっかけになったらしい。
なるほど、私を好きになったきっかけはそれだったのか。
「志織だけは特別って、そういうこと?」
「はい。言葉で説明するのは難しいですが、好きな人なら一緒にいて心地いいんだと思います」
「しかし難儀な体質ねぇ……。それならどれだけモテても浮気の心配はなさそうだけど……そもそも、どうしてそんなに女性が苦手になったの?」
これもまた単刀直入な質問だ。母は遠慮と言う言葉を知らないのか?
潤さんだって女性が苦手になった理由なんて話しにくいだろうし、この辺で母を軽くたしなめておいた方がいいのかも知れない。
「お母さん……さっきからちょっと踏み込みすぎじゃない?」
「そう?だって志織と結婚するってことは、家族になるのよ?私たちも潤さんのことを知っておいた方がいいと思わない?」
母の言うことは一理あるとは思うけど、それはつまり、潤さんの心の傷をえぐることになるのではないか。
それに私の母の歯に衣着せぬ言葉によって、潤さんの女性への苦手意識がさらに強まるかも知れない。
「そうかも知れないけど……その辺はかなりデリケートな問題だから……」
なんとか母の尋問を止めようとしていると、潤さんは私の手をギュッと握って笑みを浮かべた。
「志織、俺は大丈夫だよ」
「でも潤さん、話すのつらいでしょ?」
「いや、それなりの覚悟はしてきたから」
それから潤さんは、女性不信になった理由を説明するために、自分の生い立ちと過去の恋愛について詳しく話し始めた。
両親は真剣な面持ちで、何度もうなずきながら潤さんの話を聞いていた。
潤さんが一通り話し終えると、母は新しいお茶を湯呑みに注ぎ、テーブルの上に用意していたお茶菓子を勧めた。
「事情はだいたいわかったけど……潤さんもいい大人なんだから、お母さんのことを女性関係がうまく行かなかったこととか、女性が苦手なことの言い訳にするのは、そろそろおやめなさいね」
母の言葉には私も潤さんも驚いてしまい、返す言葉が見つからなかった。
「だってそうでしょう?お母さんはお母さん、潤さんは潤さん、親子だって別の人間なのよ。潤さんはこれから志織と家庭を作るわけだし……ご自分がつらかったと思うのなら、自分の子どもにはそんな思いをさせなければいいじゃない?」
『過去に捕らわれることなく前を見て進め』と母は言いたいのだろう。昔、私が失敗したことを悔やんで塞ぎこんでいたときも、母はそんなことを言っていた。
「はい……それはもちろん……」
「それにね、志織と結婚したら義理でもこんなのが母親になるのよ?志織だってきっとそのうち私みたいになるんだから、潤さんももうちょっと強くならないとね」
母が冗談めかして笑いながらそう言うと、潤さんは私の方をチラッと見て吹き出した。
「潤さん……今のはひどいんじゃない?」
「ごめん、なんかおかしくて、つい……」
もしかしたら潤さんの脳裏には、この母のようにズケズケとものを言うようになった未来の妻の姿が浮かんだのかも知れない。
「……私、お母さんほど強くはならないからね」
「わかったわかった……」
おかしそうに笑っている潤さんを見て、母は嬉しそうに笑った。
「あなたたちもいつか親になったらわかるだろうけど、子どもを産むだけでも大変なことだからね。潤さんはお母さんを許せないかも知れないけど……許せなくてもいいから、お母さんに産んでもらったことへの感謝だけは忘れないでね」
「……はい」
『許せなくてもいい』と言う母の言葉は、深い傷を負った潤さんの心の柔らかいところに届いたらしい。潤さんはどことなく清々しい顔をしている。
私たち兄妹を育んできた母の言葉は、いつも厳しかったけれど、強くて優しかったことを思い出した。
そして多くは語らないけれど、いつも穏やかに私たちを見守ってくれていた父の存在と安心感はとても大きかった。
私と潤さんは、将来どんな親になるだろう?
もしかしたら親にはならないかも知れない。だけどそれも縁だと思う。
いつか子どもができたとしたら、私たちは私たちなりの精一杯の愛情で、大切に守っていけたらいいなと思った。
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