Mother Quest ~ラスボスが現れた!~⑬
「そう言えば……潤さんのお母さんのことは聞いたけど、お父さんのことはあまり聞いてないわね。お父さんは離婚後どうなさってるの?」
近所の寿司屋で出前を頼み、少し遅い昼食を取っていると、母が茶碗蒸しを木さじですくいながら潤さんに尋ねた。
潤さんは口の中の寿司をお茶で流し込んで、チラッと私の方を見る。
潤さんのお父さんのことは、瀧内くんの母のゆうこさんと再婚したことだけは知っているけれど、私もまだ詳しくは知らない。お父さんとゆうこさんとの関係性もややこしく、説明するのは大変そうだ。
「父は今年の春に再婚しました」
「あらそうなの?いいご縁があったのね」
「いいご縁と言うか……昔からの知り合いと言うか、元身内が身内になったと言う感じなんですけど……」
潤さんがためらいがちにそう言うと、両親は顔を見合わせながら首をかしげた。
「……ん?ちょっとよくわからない。それはどういうこと?」
「えっとですね……ややこしいんですが、母の弟の奥さんだった人と再婚したんです」
潤さんのお母さんの姉弟が自らの不貞が原因で全員離婚していることは、先ほどお母さんの話をしたときに説明済みだけど、これには両親も驚いたようだ。
「それはまた珍しいパターンね……。それでお父さんはまだお勤めしてらっしゃるの?」
「ええ、まぁ……」
「うちのお父さんは中学校の国語教師でね、今年の春に定年退職してからも非常勤講師として教壇に立ってるのよ。潤さんのお父さんはどんなお仕事を?」
母に尋ねられ、潤さんはまた私の方をチラッと見る。
さっきからなんだろう?
潤さんのお父さんとは一度顔を合わせただけではあるけれど、身なりもきちんとしていたし、人には言いにくいような仕事をしているとは思いがたい。
「父は……会社を経営しています。曾祖父の代から続く会社でして、父はその会社の3代目です」
それは初耳だ。それを聞いて初めて、潤さんのお父さんがうちの会社の会長の娘と結婚したのにも納得がいった。
歴史のある会社のようだし、おそらくそれなりの家柄なのだろう。
「あら、社長さん?どんな会社なの?」
母は興味津々な様子で軽く身を乗り出した。
父は黙ってイカのお寿司を口に運ぶ。
「化粧品とかシャンプーとか石鹸とか……そう言った生活用品を作っている会社でして……」
「まぁ……じゃあうちにもひとつくらいはあるかしら」
「おそらく何かしらお使いだと思います。テレビCMなどもやってますし海外にも出荷してますので、知らない人はほとんどいないかと……」
「えっ、そんなに大きな会社なの?」
思った以上の規模の大きさに驚き思わず声をあげると、潤さんはためらいがちにうなずいた。
「うん、志織もよく知ってる……。うちの課と取り引きもしてるし、志織自身も父の会社の商品を愛用してるみたいだし……」
「えーっと……どこだろう……?」
私が思い当たる社名を頭の中で探していると、母が両手でテーブルをバン!と叩いた。
「潤さん!気になってしかたないから、さっさと会社名を言ってちょうだい!」
なかなかハッキリ言わない潤さんに、せっかちな母がついにしびれを切らした。これには潤さんもかなり怯んでしまったようだ。
「すみません……。あじさい堂です……」
潤さんは少し申し訳なさそうに呟いた。
「えっ?!あじさい堂って……あのあじさい堂?!」
世界的に有名な化粧品メーカーの社名を告げられ、私と母は同時に同じことを口走る。
たしかにあじさい堂は二課と古くから取り引きがあり、例の不倫騒ぎを起こすまでは護が担当していた。そして私の愛用しているシャンプーやトリートメント、化粧品などのほとんどがあじさい堂の商品だ。
「知らなかった……。潤さんがあじさい堂の御曹司だったなんて……」
いきなりそんなことを言われても、すごい!と素直には喜べないし、むしろ信じられない気持ちの方が大きい。なんとなく聞いてはいけないことを聞いてしまったような、知らずにいた方が良かったことを知ってしまったような気分だ。
潤さんは放心状態の私に頭を下げる。
「ごめん、志織。ずっと黙っていられるとは思ってなかったし、いずれ話さなきゃとは思ってたんだけど、なかなか切り出せなくて……」
「ああ……はい……。ええと、なんて言うか……」
こんなとき、なんと答えれば良いのだろう?『そんなの全然関係ない』なんて、嘘でも言えない。
私は潤さんが好きだから結婚したいと思ったわけだし、潤さんのお父さんがどれほど大きな会社の社長さんであっても、潤さんを好きな気持ちに変わりはない。
だけどもし潤さんがお父さんの会社を継ぐのだとしたら、結婚相手は本当に私でいいんだろうか?私にはあまりにも荷が重すぎて、一気に怖じ気づいてしまう。
母はそんな私の戸惑いや及び腰になる気持ちを察したのか、腕組みをして何か考えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます