Don't delay~準備はいいか~⑥

「それで全部?」


 潤さんは私の持っているかごを指さして尋ねた。


「はい、たぶん大丈夫だと思います」

「じゃあ、これで会計していいよ」


 一万円札を差し出され、私は慌てて首を横に振る。


「とんでもない、ちゃんと自分で払いますよ!」

「でも帰らないでくれって急に言ったのは俺だし……どのみち、志織がいつでも泊まれるように、そこに入ってるものはほとんど俺の家に置いて行くんだから」


 そう言って潤さんは私の手からかごを取り上げレジに向かい、店員に会計を頼んだ。

 かごの中身をひとつずつレジの機械に通され、台の上に広げられる。恥ずかしいから下着は見ないでとは言いづらい。

 しかし底の方に入っているものが見えてくると、潤さんは私の手に一万円札を握らせ、少し早口で「向こうで待ってるからそれで払っておいで」と言い残してその場を離れた。

 私の気持ちを察してくれたと言うよりは、潤さん自身が女性用の下着を買うのが恥ずかしかったのだろう。まさか潤さんと一緒に下着を買いに来ることになるとは思わなかった。

 たしかさっきまで潤さんの家で、お互いの気持ちを伝え合っていい感じだったはずなのに、現実はドラマや映画のように甘くはないようだ。


 ドラッグストアを出たあと、潤さんが私の重い荷物を持ってくれたので、私も潤さんの荷物を持とうとしたけれど、それはいいと言って断られた。

 私だけ手ぶらで歩くのは申し訳ないと言うと、潤さんは荷物を片方の手にまとめて持ち、空いた方の手で私の手を握る。


「これからは遠慮なく手を繋いで歩けるな」


 潤さんがあんまり嬉しそうに笑うので、私まで嬉しくなって腕にしがみつくと、潤さんは一瞬驚いた顔をしたあと、うつむいてしまった。


「あれ……どうかしました?」

「いや……ちょっとな……」


 潤さんはしどろもどろになりながら、困った顔をして答えた。

 もしかして相手が彼女だとしても、女性から積極的に触られたり迫られたりするのは苦手なんだろうか。


「ごめんなさい、くっつかれるのはきらいなんですよね」


 私が手を離そうとすると、潤さんは慌てて首を横に振った。


「志織にくっつかれるのは全然きらいじゃないよ!きらいじゃないどころか、むしろ嬉しいんだけど……志織とこんな風になりたいってずっと思ってたのに、いざ現実となるといろいろリアル過ぎて戸惑ってる。ちょっと照れくさいし、ドキドキするし……」


 いろいろリアル過ぎると言うのは、現実は想像してたのと違ってたとか、そういう意味だろうか?

 潤さんがどんな想像をしていたのかが気になるけれど、いつも自分から当たり前みたいに手は繋ぐのに、くっつかれると照れてドキドキするなんて、ちょっとかわいい。

 私は元々、あまり甘えたりベタベタするタイプではないけれど、なぜか潤さんには甘えてみたいとか触りたいと思うし、もっと触れてほしいとも思う。今までは誰と付き合っても、こんな風に思うことはなかった。

 女性に触れられることが苦手な潤さんが、私には触れたいと思ったのと同じように、私にとっても潤さんは特別なのかも知れない。


「私は潤さんとこうなれてすごく嬉しいので、もっとくっついてたいんですけど……やめた方がいいですか?」

「……ものすごくかわいいからそのままで」


 ものすごくかわいいって……!

 今までそんなことを言われたことがないから、あまりにも照れくさくなってうつむいた。顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 ゆっくり顔を上げると、潤さんは笑いながら私の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?顔赤いけど」

「……潤さんのせいですよ」

「照れてる志織もかわいいなぁ」


 潤さんは恋人には激甘になるタイプらしい。

 どちらかというと私は甘えられるタイプだったし、それをいやだと思ったこともなかった。だけど好きな人にこんな風に甘やかされるのも悪くない……と言うか、少しくすぐったい気もするけれど、私だけにこんなに甘い顔をしてくれるのだと思うと、とても嬉しくて幸せだ。



 潤さんの家に戻り、私が買ってきたシャンプーや化粧品などをレジ袋の中から出していると、潤さんはキッチンに行って、買ってきた牛乳などをしまった。


「志織、疲れただろ?先にシャワー使っていいよ」


 先にと言われても、家主を差し置いて先にお風呂を使わせていただくのは申し訳ない。


「いえ、私は後でも……」

「いいから行っておいで。その間にバスタオルとか着替え用意しておくから」

「ではお言葉に甘えて……」


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