覚悟を決めろ!⑥

 下坂課長補佐にヘタに怪しまれないように、私が先に店内に戻り、三島課長はその少しあとに戻ることにした。

 自分の席に戻った私は、有田課長や部下たちと話しながら、何事もなかったかのようにお酒を飲んだ。

 さすがウォッカだ、いつもの部署の飲み会よりいい感じで酔いが回っている気がする。今なら三島課長の偽婚約者にでも詐欺師にでも、何にだってなれそうだ。

 そんなことを密かに思いながら、歓迎会を終える頃にはウォッカを一瓶空けてしまった。


 二次会は生産管理課と二課のメンバーが合流すると幹事が言うと、生産管理課の若い女性たちはイケメンの独身男性の多い営業部との交流を深められることに色めき立った。その結果、いつもより二次会に出席する人数が格段に多い。

 生産管理課は女性の多い職場だし、室内に籠りきりで刺激がほとんどないから、みんな出会いや刺激を求めているんだろう。

 歓迎会のみに出席した人たちが店を出た後、生産管理課の二次会出席者は全員テーブル席に移って二課と合流した。若い者は若い者同士、中堅の者は中堅の者同士で固まり、それぞれに楽しもうとしているようだ。

 どこへ座ろうかと思っていると、二次会では一緒に飲もうと言っていた瀧内くんが、私と有田課長のところへやって来た。


「有田課長、佐野主任、こちらの席で一緒に飲みませんか」

「おー、いいね。瀧内と飲むの久しぶりだな」


 護との問題で関わるようになってから、瀧内くんが慕っている人や嫌っている人、業務上必要な付き合いをしている人がなんとなくわかるようになってきた。

 この春まで生産管理課にいたこともあってか、瀧内くんは有田課長を慕っているらしい。有田課長も瀧内くんのことを可愛がっているようだ。


「さぁ、お二人ともこちらの席にどうぞ」


 勧められたテーブル席には、三島課長と下坂課長補佐、伊藤くんと葉月が座っている。

 これはデジャブ……?護の悪事を暴いた飲み会を思い出させる。

 しかし相手は手強い下坂課長補佐だ。これくらいでは酔いが足りない。

 席に着いてもう一度乾杯をするや否や、私はグラスのビールを一気に飲み干し、ウイスキーの水割りをダブルで注文する。


「わぁ……すごい飲みっぷり……。佐野さん、お酒強いのね」

「それほどでも」

「そんなに強いと、並みの男性では太刀打ちできなくて引かれちゃうんじゃない?」

「ご心配なく。そんな器の小さい男はこっちから願い下げです」


 すでに闘いの火蓋はきられたらしい。恋敵に大酒飲みのザル女だと思われたとしても、私にはやらねばならないことがある。

 どういう流れでそうなるのかはわからないけれど、瀧内くんが言ったことを踏まえると、下坂課長補佐には何かしら裏があると言うことだ。そんな人に三島課長をみすみす渡すようなことはしたくないし、これ以上いたずらに三島課長を苦しめないで欲しい。

 私は下坂課長補佐から三島課長を守り、今度こそ玉砕覚悟でぶつかってみようと覚悟を決めた。

 正面に座っている下坂課長補佐は、相変わらず三島課長の左隣をちゃっかりキープしている。そして最初に席に着いたときより三島課長に近付いている気もする。

 三島課長は渋い顔をして体をこわばらせているのに、迷惑がられている自覚がまったくないなんて、相当図太い神経の持ち主なんだろう。

 三島課長の右隣には伊藤くん、その隣には葉月が座り、私は有田課長と瀧内くんにはさまれ、いつでも来いと臨戦態勢で水割りを煽りながら、『私は潤さんの婚約者』と自分に言い聞かせた。


 最初のうちは和気あいあいとお酒を飲みながら、世間話やそれぞれの部署の他愛ない話をした。

 三島課長は下坂課長補佐にビールを注がれるのを避けるために、酔い醒ましだと言ってウーロン茶を飲んでいる。

 瀧内くんの話によると、三島課長は過去に他の部署との親睦会と称した飲み会でどんどんお酒を勧められ、飲み過ぎて酔ったところを三島課長狙いの女性に肉体関係を迫られて、身の危険を感じた経験があるのだという。もちろん必死で拒んで事なきを得たそうだが、それ以来女性のいる飲み会でお酒を飲むと悪酔いするようになってしまったらしい。

 そんな経験を踏まえ、肉食系の女性から我が身を守ることを学習した三島課長は、職場の付き合いでやむなく飲み会に参加しても、ほとんどお酒を飲まなくなったそうだ。

 私が営業部にいたときには、仕事のあとにしょっちゅう一緒に飲みに行っていたから全然気付かなかった。やはり大酒飲みの私は女らしさに欠けるから、一緒にお酒を飲んでも平気なのだろう。

 しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。かなり濃いめの水割りを飲みながら、敵を迎え撃つ準備を着々と整える。


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