覚悟を決めろ!②

 歓迎会が始まり、案の定私は上座の有田課長の隣でお酒を飲んだ。最初の一杯は全員ビールで乾杯して、そのあとは宴会プランに入っているお酒から好みのものを注文する。

 チューハイとかカクテルとかハイボールとか、どれもアルコール度数が低く私の酔えなさそうなお酒ばかりだったので、こうなったら少しでも多く飲んでやろうと次々にグラスを空ける。


 お店に入る前、瀧内くんはこう言った。


『二次会は幹事が相談して生産管理課と二課が合流することになってますので、一緒に飲みましょう。志織さんはもう一度だけ潤さんの偽婚約者になって、僕に話を合わせてくださいね』


 一体どういうつもりなのかはわからないけれど、そんなこととても正気ではできそうもない。

 少し酔えば饒舌になってうまく乗りきれるのではないか。

 そう思ったのだけど、少し酔うまでにどれだけ飲めばいいのだろう?量で勝負しようと思ったものの、飲んでいるうちにだんだんお腹が苦しくなってきた。

 私はちょうど近くを通りかかった店員を呼び止め、別料金になってもかまわないからボトルを入れることは可能かと尋ねた。店員は快諾して私にメニューを見せる。

 メニューの中からウォッカを選び、ロックで飲みたいのでグラスと氷を持ってきてもらえるように頼んだ。店員が運んできたボトルを抱え込んでウォッカをロックで煽る私に、みんなは唖然としている。


「佐野主任は相変わらずのザルだなぁ」


 隣にいる有田課長はビールを飲みながら笑っている。


「せっかくの飲み会ですからね。たまには少しくらい酔って介抱されてみたいじゃないですか」

「あー……佐野主任はいつも人一倍飲むのに、酔わないから介抱する側だもんな。よし、今日はガンガン飲め!でも誰も送ってやれないから、ちゃんと一人で帰れよ!」


 有田課長の言葉に、周りのみんなは大笑いしている。


「わかってますよ。有田課長に送ってもらおうなんて思ってません。ちゃんと一人で帰るから大丈夫です」


 一人で帰れなくなるほど酔った経験はないから、お酒に酔った勢いで男性と一夜を共にしたなんていう経験ももちろんない。あんなものはドラマとか小説や漫画なんかの中でしか起こり得ないことだと私は思っている。

 ……いや、新人ちゃんはそれで護の子を身籠ったのか。

 またいやなことを思い出してしまった。とにかく他人はどうであれ、私には縁のない話だ。

 お酒を飲みながら料理を食べ、異動してきたメンバーの挨拶なども交えながら歓迎会は進んでいく。

 氷がなくなったので注文しようと顔を上げると、二課の様子が視界に入ってきた。三島課長の隣には下坂課長補佐が座っている。

 ……座敷とかソファーの席でもないのに、やけに近くないか?それも下坂課長補佐が三島課長に詰め寄るような形で、三島課長の取り皿に料理を取り分けたり、グラスにビールを注いだりしている。

 いくら恋人同士でも、部下の前なんだから少しは自重するべきだろう。三島課長はみんなの前であからさまに恋人アピールをされて困っているのか、ジリジリと椅子を動かして逃げた末に、壁際に追い込まれているように見えた。

 間に割り込んで二人を遠ざけてやりたい衝動を抑えながら、グラスを満たしていたお酒を一気に飲み干した。

 水を飲むようにウォッカを煽る私を見て、有田課長は呆気にとられている。


「佐野主任……ペース早すぎない?」

「ガンガン飲めって言ったのは有田課長ですよ」

「すみません、たしかに言いました……」


 私の殺気に圧倒されたのか、有田課長はビクビクしながら私に頭を下げた。


「もう氷がないの。店員さん呼んで注文してくれる?」


 目の前に座っていた幹事の平田ヒラタくんに氷を注文してもらい、ボトルからグラスに注いだウォッカをストレートで飲む。


「あー、美味しい」

「佐野主任、ホントに大丈夫?」

「大丈夫ですよ、お酒はこれくらいでないと」


 異動してきた新しいメンバーは私の飲みっぷりに驚愕しているらしく、私と目を合わせようとしない。それに反して、有田課長はしきりに私のことを心配している。

 これが原因で、また噂に拍車がかかるのではないかと思った私は、噂になっていることを、あえてみんなの前で自ら話題にしてみようかと考える。


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