片想い 勇み足で 空回り④
夕食はともかく、三島課長がその場の雰囲気だけで誰にでも手を出すような人ではないことはわかっているのに、少々勇み足になっていることは否めない。だけど私の決心が固いうちに、きっかけはなんであれ、少しでもいいから三島課長の気持ちを私に向かせたい。
もし本当にそうなったら……好きな人がいるのにその場の雰囲気に流された三島課長を、私は受け入れられるだろうか?そんなことを考えているうちに、車はマンションのすぐそばまで戻ってきた。
さっきから口の中で、『お土産のお礼に晩御飯でもいかがですか』と何度くりかえしたことだろう。食事に誘うことなんて、会社の同僚以上に思っていなかったときには簡単にできたはずなのに、好きだと自覚してしまったからか、緊張しすぎてなかなかその言葉が出てこない。
ぐるぐると思いを巡らせていると、いつものように三島課長がマンションの駐車場に車を停めて私の方を見た。
「あ……あの……」
意を決してなんとか声を絞り出した瞬間、三島課長のジャージのポケットの中でスマホが鳴った。
「うん?どうした?」
三島課長は着信音を無視して私の話を聞いてくれようとしたけれど、私はどうしても鳴り続ける着信音が気になってしまう。
「……電話ですね」
「いいよ、別に。それより志織の話の方が……」
鳴り続けていた着信音が途切れたので、気を取り直して今度こそはと気合いを入れる。
「それじゃあ、えーっと……この間はお土産ありがとうございました」
「ああ……うん、どういたしまして。気に入ってもらえた?」
「はい、どれもいただいて嬉しいものばかりで……。それで、あの……今夜……」
良かったら一緒に食事でも、と言いかけると、再び着信音が鳴り出した。タイミングの悪さに気合いをへし折られて口ごもる。
「今夜……の続きは?」
ダメだ、やっぱり気になる。
「すみません、やっぱり気になるので先に電話に出てください」
私の話を優先してくれようとしていたものの、三島課長も本当は気になっていたのだろう。観念したようにジャージのポケットに手を入れてため息をついた。
「……悪いな、そうするよ。ちょっと待ってて」
三島課長はスマホを取り出して画面を見ると、眉間にシワを寄せてまたため息をつき、私に背を向けるようにして、やや小声で電話に出る。
「……もしもし?……うん……うん……。いや、それはいいけど……」
電話の相手は誰なんだろうとか、聞くつもりはなくても隣にいると盗み聞きしているようで気まずいな、などと思いながら足を少し動かして体に引き寄せると、靴の踵と助手席のマットの間に何か異物感を覚えた。
なんだろうと思いながら足をどけて手を伸ばし、シートに隠れた辺りを何気なく探ると、小さな固いものが指先に触れた。拾い上げてみると、それは大粒のダイヤのあしらわれたイヤリングだった。
私はイヤリングなんてしないからわからないけど、そんなに簡単に外れるんだろうか?そして外れてしまっても気付かないものなの?
それにしても高そうなイヤリングだ。これがここにあるということは、この車の助手席に女性が座っていたということだろう。
よくわからない感情が込み上げて、少し胸がモヤッとした。
どんな女性が落として行ったのだろうなどと考えていると、スマホから女の人の高い声が微かにもれ聞こえた。電話の相手が女性なのだとわかると、思わず眉間に少しシワが寄ってしまう。
これはもしかして嫉妬というやつか?いやいや……女性と言ったって、身内の方や仕事の関係者や同僚などがいるではないか。
このイヤリングだって、おそらく高価なものだから、三島課長のお父さんの再婚相手のゆうこさんを乗せたときに落としてしまったという可能性もある。
いや待てよ。お父さんと一緒なら真ん中のシートか後部座席に二人で乗るだろうし、ゆうこさん一人を助手席に乗せることなんてあるかな?
……うん、身内なら、それもなくはないか。
つまらないことで嫉妬なんかしている心の狭さを打ち消そうと、無理やり自分を納得させようとしてみる。
「え?車の中に?そんなもの見なかったけど……」
どうやら相手の女性は何かを探していて、それを車の中で見なかったかと聞いているらしい。
もしかして……というか、おそらく……探しているのはこれだよね?
「本当によく探した?芽衣子の勘違いじゃないのか」
三島課長があの人の名前を口にした。
……なんだ。三島課長はあの人とただ一度食事をしただけでなく、その後も普通に連絡を取り合ったり、この車に乗せたりもしているんだ。
私だって会社の同僚だし、連絡を取ったり車に乗せてもらったりしているのだから似たようなものかも知れないけど、あの人が本当に三島課長の好きな人なのであれば話は別だと思う。
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