片想い 勇み足で 空回り③

「……そんな便利に使える色気なんて1ミリたりともないよ、私には……」

「例えばの話やんか!ようあるやん、恋愛相談に乗ってるうちにええ感じになって付き合うとか、酒の勢いで一夜を共にして体の関係から本気で好きになるとか。きっかけなんかなんでもええねん!ホンマに好きなんやったら、ウダウダ言う前に根性見せたれ!」

「うーん……」


 葉月の言う恋の始まるきっかけの作り方は、私がしてきた恋愛には程遠い。

 思い返してみれば、私はいつも恋愛に対しては受け身だったし、自分から告白したこともない。それどころか、自分から好きになったことなんてあっただろうか?

 たいした恋愛経験はないけれど、いつもなんとなく相手からの好意を受け止めて交際が始まり、護以外の相手からはことごとく『志織が俺のことを好きだっていう気持ちを感じない』という理由でフラれて終わっていた気がする。

 つまり私は、本気で誰かを好きになったことはなかったということなのか?


「シビアな話になるけど、年齢的にいつまでも恋愛に夢見てられるわけとちゃうし……そんなに悩むくらい好きなんやったら、一回本気でぶつかってみたらええやん?もしかしたらうまくいくかも知れんやんか。人生、何がどうなるかなんてわからんで」


 それは根拠のない強気な発言にも聞こえたけれど、葉月が恋愛に臆病な私の背中を思い切り押してくれているようにも感じた。

『恋愛にリミットはない』なんて綺麗事は言わない。『いい歳なんだから、本気で好きなら手段を選ぶな』という言葉が、今の私に対する葉月からの最大限のエールなのだと思う。


「そうだね……。好きな人が目の前で他の人にかっさらわれていくのを指くわえて見てるだけなんて、バカらしいもんね。可能性が少しでもあるうちに、もっと頑張ってみようかな」

「その意気やで!女は度胸やからな!」


 葉月は笑いながら、私の背中をバシンと叩いた。

 いやいや、それを言うなら『男は度胸、女は愛嬌』だろう?心の中で軽くツッコミを入れると、さっきまで重かった気持ちが少し軽くなったような気がした。


 休憩を終えてからは、できるだけ三島課長のそばで練習をした。葉月の強気のアドバイスのおかげで、何も自ら三島課長とうまくいく可能性をゼロにしてしまうことはないと思えたからだ。

 少なくともここでの私は三島課長の婚約者で、無理して離れている方が不自然なのだから、偽婚約者の立場を最大限に利用してやろう。だからと言ってみんなの前でイチャイチャするわけではないけれど、この前みたいに私が避けていると三島課長に思われたくない。

 この勢いを利用して、今夜は三島課長を夕食に誘ってみようかと思いついた。夕食に誘う口実は何にしようかと考えながらサーブを打つと、私の手から放たれたボールは、エンドラインギリギリの際どいコースに決まった。

 よし、お土産をたくさんいただいたお礼に手料理を振る舞うことにしよう。



 練習を終えて、先週と同じファミレスで昼食を取った。

 先週は確か修羅場だったなと思い出し、よく考えたらモナちゃんが三島課長にフラれてから、まだ1週間しか経っていないことに気が付く。この短期間でよくあそこまで立ち直れたものだ。

 私もモナちゃんに負けないくらいの意地を見せないと、偽婚約者を盾にしてフラれたモナちゃんに申し訳が立たない。サークルのみんなの前にいるときだけでも、私は婚約者ヅラして三島課長の隣で幸せそうに笑っていなければ。

 それによって三島課長が、私が偽婚約者だということを忘れて、本物だと錯覚を起こしてはくれないだろうか。たまに冷静になると少し情けない気もしたけれど、今の私にできることといえば、それくらいしか思い付かない。

 いざとなったら、なけなしの色気を振り絞る覚悟もできている。『あわよくば』を狙って笑顔を振り撒く私は、なんて姑息で浅ましいのだろう。



 昼食のあと、三島課長は先週と同じように私たちを順番に車で送ってくれた。

 さっきから私の頭の中は、三島課長をなんとか夕食に誘うことでいっぱいだ。

 もしうまくいったら今夜のメニューは何にしようかとか、もしもの事態に備えて新しい下着を着けておくべきなのかとか、今まで考えたこともないようなことに悩む。


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