収穫祭④
ここに来て新人ちゃんの名前が出てきたことには私もかなり驚いた。
そうか、伊藤くんも参加した合コンで護が送っていった商品管理部の若い女の子って、新人ちゃんのことだったんだ。
もしかして新人ちゃんのお腹の子の父親は護なんじゃないかと冷や汗がにじむ。
「佐野主任、そういえば山村さん、最近出社してませんけど……どうかしたんですか?」
新人ちゃんが妊娠して退社することは来週みんなに報告することになっているから、まだそれを知らない奥田さんは心配そうに私に尋ねた。
歳が近いこともあって、奥田さんは新人ちゃんとはわりと仲良くしていたようだから、彼女が会社に来なくなったことが気になっていたのだろう。
「うーん……。みんなには来週報告することになってるんだけど……新人ちゃん、会社辞めたの」
「えっ、辞めたんですか?結婚するまでは続けるって言ってたのに……」
「ここだけの話だけど……行きずりの人の赤ちゃんができて、婚約は破棄されたんだって」
奥田さんは衝撃の事実に呆然としている。
護は心当たりがあるのか、下を向いたまま微動だにしない。
「じゃあ、お腹の子の父親と結婚するんですか?」
「いや、新人ちゃんは酔ってたから父親が誰なのか覚えてないって言ってるんだって。未婚で産んで親の助けを借りて育てるらしいよ。でも社内の人間だってことだけは無理やり白状させられたみたいで、新人ちゃんのお父さんが必死になってお腹の子の父親探してる。新人ちゃんのお父さんは重役だから、もし見つかったらただじゃ済まないだろうね」
重役である新人ちゃんのお父さんが娘を孕ませた男を躍起になって探しているというのは事実だ。この間、残業中に有田課長から聞いたことだから間違いない。
もし見つかったとしたら、良くて左遷、最悪の場合はどうなることやらと有田課長が身震いしていた。あの様子だと新人ちゃんのお父さんが真相を突き止めるのは時間の問題だ。
「節操のない男って、ホントいやだよね。お金とか体目当てで女に近付く男なんて最低」
よく聞け護、これが私の本音だ。そう、おまえのことだよ。
「ホンマにな。でも志織はそんな心配ないやろ?志織の彼氏、志織にベタ惚れやもんな」
「ベタ惚れって……。でも、そういういい加減な人じゃないことだけは確かかな。実は前に付き合ってた人がすごい浮気性で、私のところに来るときはごはんが食べたいときだけだったの。浮気ばっかりして全然大事にしてくれなかったから別れたんだけどね……。結婚するなら、やっぱり真面目で誠実な人だよね。浮気とか絶対に許せない」
護はお金目当てで私と結婚するつもりだったようだけど、私の中では護とのことは完全に終わっている。私がもう護を好きじゃないこととか、浮気に気付いているということが、これで少しは伝わっただろうか。
「奥田さんも彼女持ちの人なんかやめて、自分だけを大事にしてくれる人を見つけた方がいいよ。もし彼女になれたとしても、そういう人は同じことくりかえすんじゃない?」
「そうですね……。そうかも知れません」
こんなに好きになった人は初めてだという言葉が嘘でなければ、奥田さんは護に自分と彼女以外にも関係を持っていた人が何人もいたことを知って、かなりショックなんだと思う。
だけどこれは単なる意地悪などではない。護は本気で好きになるのに値しない男だとわかって欲しいだけだ。
「これに懲りたら、彼女持ちとか妻子持ちの男ばっかり狙うのはやめるんだな」
瀧内くんの言葉にその場が凍りついた。
奥田さんは悔しそうに瀧内くんをにらみつける。
「……別に狙ってるわけじゃない」
「どうだかな。血は争えないって言うだろ?」
「お母さんは関係ないでしょ?」
えっ?何これ?なんの話?この二人、何か相当な因縁でもあるんだろうか。
「まぁまぁ……。場の空気を悪くするだけだから、二人ともここで喧嘩するのはやめとけ」
伊藤くんがなだめると、瀧内くんも奥田さんも、そのことに関してはそれ以上何も言わなかった。
それからしばらくして、店員を呼んで飲み物のおかわりを注文したあと、瀧内くんが楽しそうに話し出した。
「そうそう。皆さん知ってますか?第2会議室にはね、オバケが出るって噂があるんですよ」
第2会議室って……護が私のことは好きだけどセックスは奥田さんとする方が気持ちいいから好きだと言って、奥田さんの体をまさぐりながら気持ち良さそうにキスしていたあの場所だ。
その光景がまた脳裏に浮かんで、お酒のせいではない不快感がムカムカと胸に込み上げた。
奥田さんは怪訝な顔をして首を横に振る。
「はぁ?なんだ急に?」
幽霊とかそういった類いのものを信じていない護は、バカにしたように尋ねる。
「僕はこの春まで商品管理部にいて、在庫品の管理とか資料作りなんかを第2会議室でしょっちゅうやってたんですけど……あの部屋ね、ちゃんと閉めたつもりでもドアが勝手に開いちゃうんです」
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