収穫祭③
「二人ともそっち座り」
葉月に促され、奥田さんの手を引いて座敷に上がる。そして奥田さんを護の隣に座らせ、私は奥田さんの隣に座った。私の正面には瀧内くん、奥田さんの向かいに葉月、護の向かいには伊藤くんが座っている。
「お疲れ。何注文する?」
伊藤くんが差し出したメニューを受け取り、店員を呼んで、私はハイボール、奥田さんは桃のチューハイ、それからレバニラ炒めと青椒肉絲、ポテトのチーズ焼きを注文した。
大嫌いなレバーとピーマンがテーブルに並んで、げんなりする護の顔が目に浮かぶ。
「佐野主任、ホントにレバニラ炒めが好きなんですね」
昼休みにも話題に上がっていたからか、奥田さんが何気なくそう言った。
「うん、今週は特に忙しかったからね。疲れてるときにレバー食べると元気出る気がしない?」
「私はレバーが苦手だから食べません」
「そうなの?じゃあ自分は苦手なのに好きな人のために頑張って作ってたんだ、えらいね」
私がそう言うと奥田さんは少し慌てた様子で、言わないでと言いたげな顔をして人差し指を唇にあてた。
自分のことを話題にされている自覚があるのか、護は奥田さんの隣で顔も上げずに黙ってビールを飲んでいる。
「えー、なになに?二人でなんの話してんの?」
葉月がうまいこと話に入ってきたので、奥田さんの意思は無視して、もう少しこの話題を引っ張ってみることにする。
「ん?料理の話。葉月は彼氏にごはん作ってあげたりするの?」
「たまには作るけどな、残したら許さん」
葉月らしい返しに伊藤くんが思わず吹き出した。
「彼氏は苦手なものでも食べてくれる?」
「だいたいの好き嫌いは把握してるから、相手が苦手なもんは滅多に作らんけど……前に苦手やって知らんと作ったときは、黙って食べてたで。食べ終わってから、実は嫌いやって言うてたな」
嫌いなものでも葉月が作った料理なら黙って残さず食べるなんて、伊藤くんは本当に葉月のことが好きなんだなと、思わずニヤニヤしてしまう。
「嫌いなものも残さず食べてくれるなんて優しい彼氏だね。でも奥田さんは頑張って作ったのに一口も食べてもらえなかったんだよね」
「……はい、まぁ……」
「一口も食べんかったん?それはひどいな!瀧内くんやったらどうする?」
葉月に話を振られた瀧内くんは、こちらは見ずに焼きそばを頬張る。
「食べますよ、好きな人の作ったものならなんでも」
「だよねぇ。全部は無理でも、少しくらいは食べないと作った人に失礼だよね。奥田さん、そんな人やめちゃえば?」
奥田さんは苦笑いを浮かべながら、ついさっき運ばれてきたばかりの桃のチューハイを飲む。そのひどい人がすぐ隣にいるとは、さすがに言えないと思っているんだろう。
「志織は彼氏にしょっちゅう料理作ってるんやろ?」
「うん、私も作るけど、彼も作ってくれる。すごく上手だよ。朝ごはんに作ってくれる卵焼きがもう絶品で……」
私が唐揚げに手を伸ばしながら答えると、護は怪訝な顔をして私の方を見たけれど、私はそれに気付かないふりをした。
「結婚の話は進んでるん?」
「ぼちぼちかな。まだ具体的には決まってないけど、私には和装が似合いそうだから神前式がいいなとか。そうそう、この間彼の両親に偶然会って、挨拶だけはした」
護はさらにわけがわからないと言いたげな顔をしている。だけどすぐ隣に奥田さんもいるし、私との付き合いは社内では一応秘密になっているから、何か言いたくても言えないんだろう。
この辺で軽く護をいじっておこうか。
「そういえば噂で聞いたけど、橋口くんは会長のお孫さんと付き合ってるんでしょ?」
私が尋ねると、護は驚いた様子でこちらに顔を向けた。会長の孫だと思って付き合っているはずの私にそんなことを言われたのだから、かなり焦っているに違いない。
「いつの間にそんなすごい子つかまえたの?もしかして将来は逆玉の輿に乗って幹部とか?出世コース間違いなしだね」
私が笑いながらそう言うと、護は何も言葉が出ない様子で、しきりにまばたきをくりかえした。
「あれ?でも橋口先輩はあの人と付き合ってるんじゃなかったんですか?」
瀧内くんがしれっとした顔で尋ねると、葉月が食い気味に身を乗り出す。
「あの人って誰?」
「あじさい堂の担当者で、それが人妻なんですけどすごい美人なんですよ。確か元カノなんですよね?仕事の後とか休みの日に二人でいるところをしょっちゅう見かけるから、てっきりよりが戻ったんだとばかり思ってました」
護が不倫していることをみんなの前でさらっと言ってしまうなんて、本当に瀧内くんは恐ろしい。
すると伊藤くんもうずうずした様子で話に加わる。
「そうなのか?俺は前の彼女とは別れて、あの子と付き合ってるんだと思ってた。合コンで婚約者とのこと相談されて、いい感じになって送っていったんだよな。商品管理部の山村さんだっけ?ホントに橋口はモテるなぁ」
「えっ、新人ちゃんと?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます