カオス⑦
「あの……日曜日に連絡もらったのに、返事ができなくてすみませんでした。電話もらったときはお風呂に入ってて、上がったらもう時間が遅かったのでメッセージだけ送ろうと思ったら電話がかかってきて、また遅くなってしまったので、会社で会ったら話そうと思ってたんですけど……」
『ああ……俺が出張だったから会わなかったもんな』
「私も週明けから激務でして……メッセージを送るタイミングを逃してしまったというか……すみません」
『いや、それならいいんだ。もしかして避けられてるのかなと思ってたから、それ聞いてホッとした』
私が三島課長を避ける?そんなことするわけがないのに、どうしてそう思ったんだろう?
「どうしてですか?理由もなく避けたりしませんよ」
『いや……日曜日にはモナちゃんにいろいろ言われてイヤな思いさせただろうし……それに……土曜日の帰り際にはあんなことしたから、嫌われたかなと思って……』
三島課長の言葉を聞いてまた土曜日のことを思い出し、顔がカーッと熱くなった。
うわ……今、絶対に顔真っ赤だ、私……。
そんな顔を見られるのは恥ずかしいから、電話で良かった。
「私ならモナちゃんのことも……土曜日のことも、全然気にしてませんから」
熱くなった顔を手でパタパタ扇ぎながら、できるだけいつも通りに話すと、三島課長は電話の向こうで微かに笑い声をあげた。
『モナちゃんのことはともかく……全然気にしてないって言われるのもちょっと複雑だな』
嫌われたかもと思うほど気にしていたことを、全然気にしていないと言われて、一体何が複雑なんだろう?
「複雑……なんですか?」
『俺はずっと気にして志織のことばっかり考えてたんだけど……全然気にしてもらえないようじゃ、婚約者としてまだまだだなぁと思っただけ』
「えっ……」
何それ、どういう意味?!婚約者としてって……偽物なのに?
これはあれか。敵を欺くにはまず味方から的な?味方というより、私は共犯者なんだけど。
返す言葉が見つからずに黙り込むと、三島課長は少し慌てた様子で、『じゃあまた明日、会えるの楽しみにしてる。おやすみ』と言って電話を切ってしまった。
電話が切れたあと、私は意味もなく握りしめたスマホをじっと見つめた。また甘い言葉を不意討ちで食らって、三島課長の甘くて優しい声が耳に残り、なんだかやけに鼓動が激しい。
だから『志織のことばっかり考えてた』とか、どうしてそういうことを言うかな?私はそういう甘い言葉には慣れていないから、三島課長が何か言うたびに無駄に心拍数が上がって、本当に心臓に悪いんだってば!
こっちは演技なんだからと割りきって気にしないようにしてるのに、改めてそんなことを言われたら意識してしまうじゃないか。
三島課長本人は無自覚かも知れないけれど、こんな気を持たせるような甘いことばかり言われたら、ドキドキしすぎて心臓がもたないよ!
シャイな人だから、好きな人に言いたい言葉を偽婚約者の私で予行演習してたりして……。 好きな人がいるくせに、勘違いさせるようなことを私に言うなんて、本当に罪な人だ。
私ばっかりドキドキさせられてるなんて知られたら恥ずかしいから、次に会っても絶対に何食わぬ顔をしていよう。
翌日のお昼は葉月からランチのお誘いがあり、伊藤くん、瀧内くんも一緒に会社の近くのカフェレストランに行くことになった。
三島課長は出張から帰ったばかりなので、出張中の報告書の作成や取引先とのやり取りに忙しいらしく、一応誘ってはみたけれど、今日は昼休みもまともに取れなさそうだと言って断られたと瀧内くんが言っていた。
店に入って案内された席に着くと、すぐ後ろの席に座っている男性グループの話し声がやたらと耳についた。別に盗み聞きをしようと思わなくても、けっこうな声量で話しているので、ざわついた店内でも会話の内容までハッキリと聞き取れる。
この間の合コンはハズレだったとか、うまく女の子を連れ出して一夜を共にしたとか、そんなくだらない話ばかりで、昼時のおしゃれな店で明け透けに話すような内容でないことは明らかだ。
大人なんだからもう少し周りに配慮すればいいのにと思いながら、背後から聞こえてくる話し声になんとなく耳を傾けていると、そのうちの一人がやけに聞き覚えのある声をしていることに気付いた。
これはもしかして……、いや、もしかしなくても、後ろの席にいるのは護と合コン三昧を満喫している同僚たちに違いない。
「なぁ志織、これってもしかして……」
私の向かいに座っていた葉月が呟く。
「うん……そうみたいだね」
各テーブルが背もたれの高いソファーで区切られたような造りになっているので、あちらは私たちがここにいることにはまったく気付いていない様子で話し続ける。
私たちは手早く日替わりランチを注文して、護たちの会話に耳をそばだてた。
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