カオス①
ファミレスを出たあと、三島課長の車で送ってもらい、伊藤くんと葉月は伊藤くんのマンションの前で二人一緒に車を降りた。
「次は玲司の家だな」
三島課長が瀧内くんの家に向かって車を走らせている途中で、私はもうすぐシャンプーがなくなりそうだったことを思い出した。
明日からはまた仕事だし、今日のうちにシャンプー以外にも食料品などの買い物をしておきたい。
「潤さん、私買い物に行きたいので、駅前で降ろしてもらえますか」
「買い物するなら付き合おうか?荷物持って歩くの大変だろ?」
たしかに駅前のスーパーから自宅までは少し距離があるけれど、いくら三島課長が底抜けに優しくても、さすがにそこまで甘えるわけにはいかない。
せっかくの気遣いだけど丁重にお断りすることにした。
「ありがとうございます。でもそんなにたくさんは買わないので大丈夫です、駅前で降ろしていただけたら」
「そうか……」
三島課長が小さく返事をすると、いつもの席で窓の外を眺めていた瀧内くんが振り返る。
「潤さん、僕も明日の朝食買って帰るから、志織さんと一緒に駅前で降ろして」
三島課長にお礼を言って駅前で車を降りた私と瀧内くんは、一緒にスーパーへ向かった。
「瀧内くんも自炊するの?」
「全然しません。朝はパンとコーヒーくらいで簡単に済ませます。夜は潤さんに食べさせてもらうか、それ以外の日は外食か弁当ですね」
「そっか、料理はしないって言ってたもんね」
スーパーに着いてカートを押しながら適当な食材をかごに入れていると、瀧内くんはかごも持たずに私の隣を歩く。一応買い物に付き合ってくれているらしい。
私が野菜売り場で立ち止まってキャベツを選んでいると、瀧内くんが目の前にあったキャベツを手に取り、勝手に私のかごの中に放り込んだ。
「まだ選んでるのに……」
「大きくてきれいだからそれでいいでしょう。それより、昨日のデートは楽しかったですか?」
突然昨日のことを尋ねられ、ビックリして手に持っていたキャベツを落としそうになった。
「あ……昨日ね。うん、楽しかったよ。ディナーもすごく美味しかった。ありがとう」
「ホントに?」
「ホントだって。ずっと行ってみたかったんだ、シーサイドガーデン。夜景もすごくきれいだったよ」
三島課長と手を繋いで歩いたとか、三島課長の予想外の甘さにドキドキしたとか、うっかりキスしそうになったとか、そういうことは言わないけれど、またリアルに思い出して赤面しそうになる。
私は慌ててそれをごまかそうと、キャベツの向こうの人参に手を伸ばした。
「ふーん……。じゃあゆうべの潤さんのあの落ち込みようはなんだったのかな」
瀧内くんは手に取った人参を眺めながら呟いた。
「……潤さんが落ち込んでたの?なんで?」
「さぁ……。明日志織さんが口きいてくれなかったらどうしようって、ブツブツ言ってました」
……それはつまり、あのことか。
今朝は何も言わなかったけど、三島課長も気にしていたらしい。だから緊張していたように見えたのかも知れない。
私に思い当たる節があることを察したのか、瀧内くんは横目でちらっと私を見ながら、また勝手に人参をかごに入れる。
「何か気まずくなるようなことでもあったんですか?」
「ないない!ホントになんにもないよ!」
「ふーん……まぁ、お互い大人なんだから、別にあってもいいんですけどね」
この話題は早々に切り上げないと、きっと何もかも見透かされて丸裸にされてしまう。
危険を察知した私は慌てて他の話題を探した。
「そういえば……瀧内くんは昨日どこに行ったの?車借りて遠出でもした?」
「僕はおばあちゃんとデートしてました」
いつもクールな瀧内くんの口から、思いも寄らぬ言葉が飛び出した。
「おばあちゃんと?」
「僕と潤さんと志岐くんがいとこだってことは、潤さんから聞いたんでしょう?昨日会ってたのは僕たちのおばあちゃんです。僕とパンケーキ食べに行ってドライブもしたいって、おばあちゃんからデートのお誘いがあったので。僕、おばあちゃんっ子なんです」
「へぇ……。孫とパンケーキが食べたいなんて、ずいぶん可愛らしいおばあちゃんなんだね」
瀧内くんの歳上キラーぶりは、もしかしたらおばあちゃんに培われたものかも知れない。
「歳のわりに元気で可愛いんですよ。でもせっかくおばあちゃんと楽しく過ごそうと思ってたのに、そこでまた見たくもないもの見ちゃったんですけどね」
そう言って瀧内くんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
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